8 ごめんなさい
放課後の、練習のあとだった。
「勝負しましょう」
人差し指を俺の鼻先に突きつけて、ボール片手に彼女は言った。
「……勝負ぅ?」 つい聞き返す。まったく、久方ぶりに話しかけて来たと思えばコレか。周りにはまだ大勢チームメイトが残っている。こんな公衆の面前では、無視するわけにもいかない。
「サッカーはじめてまだ半年ぐらいやろ、自分。勝ち目ある思ぅてるん?」 「やってみなくちゃ、わかりませんわ」 彼女は俺を睨みつけると、俺に逃げる隙をあたえずに、ボールを置いて蹴り始める。
まだ勝負する言うてへんのやけどな。
一人のDFもいないフィールドを彼女はドリブルで進むと、みるみるゴールに迫り、きれいにシュートを決めた。無言でボールを持ち、帰って来る。
「一点先取、ですわね。次どうぞ?」 強気に笑って、俺の胸に向かってボールを投げてきた。とりあえずトラップし、リフティングしながら彼女の様子を伺う。守りの体勢。やる気満々だ。ギャラリーもはやしたてている事だし、ここは受けて立つしかない。そう腹を決め、フェイントでかわしにかかる。彼女のディフェンスは、あっさりとまではいかないけれど、まあ手こずるほどのものでもなくて、彼女を抜いてドリブルし、軽くシュートをする。キーパーのいないゴールに、ボールはやる気なく吸い込まれる。 「ほい、一点」 彼女はダッシュでボールを取りに行き、ダッシュで帰ってきた。
「もうええやん」 「まだ同点ですわ」
言い切って、センターラインへ戻るとボールを置き、俺を見る。最初は彼女が、次は俺がボールを持ってスタートしたが、ラストはボールの取り合いから、という意味らしい。俺はフィールド中央に歩き着くと、手をしっしっという形で振りながら言った。
「お嬢ボールでええで。ハンディや」 むっとした様子の彼女は何か言いたそうだったけれど、結局無言でボールを蹴り、向かってくる。
彼女相手に遊ぶのもなんだし、はよ終わらせてまえ。
俺は彼女からボールを奪うと、中央から直接ゴールを狙い、力いっぱいシュートを放った。
つもりだった。
べしっ!
馬鹿でかい音がした。俺は我が目を疑った。麻衣子っ! だの、上条さん! だの、ギャラリーから悲鳴が上がる。
勢いを無くし、ころころと転がるボール。顔を押さえてうずくまるのは、何度瞬きをし直しても、彼女以外の何者でもない。
まじで、彼女が顔面クリアー? あの思いっきり蹴ったやつを? ボールを取られてすぐ、身を翻して?
「……意外に戻るん速いやんか」 「んなこと言ってる場合じゃないでしょこの馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
大勢のギャラリーから一足速く駆けつけた小島は、俺にそう罵声を浴びせてから彼女の前にひざまづく。片手で顔を押さえたままではあったが、心配する小島に手を振り大丈夫と言った彼女の声に、俺は息を吐いた。
「立てる? 顔冷やさないと」 「立てるし歩けるわ。心配しすぎよ」
彼女は小島の手を借り、ボールが当たった部分なのだろう、額を押さえたまま立ち上がった。
「ひどいっスよシゲ先輩、見損ないました」 「女子部員全員にケンカ売ったよなぁ、今の」 「傷モンにした責任とらなきゃなあシゲ」
大したことはない、と判った途端にからかいムードになったギャラリーは、「単なる事故ですわ」
彼女の一言で静まり返る。 額を押さえたまま水飲み場のほうへと歩き出した彼女の後を、女子部員たちは慌てて追い、白けたギャラリーは散り散りになった。
フィールドに残ったのは俺ともう一人。
「女の子の顔に当てるか、普通」 水野の口調はとげとげしい。 「戻っとる思わんかったんや、ワザとやあらへん」 「それはわかってる」 「じゃあ何」
水野は大きくため息をついた。 「センターから直接ゴール狙うなんてな。相手が女子でも、普段ならもう少し遊んでやるだろ、お前」
さっさと終わらせたかった。彼女の相手をしていたくなかった。
「練習で疲れとったんや。はよ終わらせよ思て」
なのに彼女は顔から飛び込んできた。
「――お前、上条のこと避けてるだろ」 大当たり、その通り。俺は苦笑いを返す。 「普通やって。考えすぎやでキャプテン」 「じゃあ彼女に一言も謝らないのはどうしてだ?」 「謝っとらんかった? 俺」 「誤魔化すなよ」 厳しいチェックに、俺は首の後ろを掻いた。
言えなかったのだ。
勝負を終わらす一蹴りを、顔面クリアした彼女が。
逃がさないと、逃がしはしないと、身をもって示しているようで。
「謝っとけよ、ちゃんと」 問い詰めるのを諦めた水野は、そう言い残して歩き去る。
「……多分、無理やな」 俺は一人、呟いた。
ごめんなさい。その一言が、なぜ言えない?
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