4 嫌い嫌い大嫌い/// site top / text index / お題 Index

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4 嫌い嫌い大嫌い



 ――親父が嫌いだ。そう言いきるあの少年を見ていると、自分の腹の中を覗いているようで、ときたま笑えた。



どうにも選抜でうまくいっていないらしい少年をからかい混じりに見送れば、廊下の向こうから入れ違いに一人の少女がやってくるのが見えた。
武装を固めて、待ち受ける。武装といっても、ただ単にいつも通りの笑顔を浮かべるだけなのだけれど。

この少女の前では、一瞬たりとも気が抜けない。

「もうかりまっか、お嬢さん」
少女はぴたりと立ち止まると、にらみをきかせて全然別のことを答えた。

「私、あなたが嫌いよ」

よく、そんなに敵意を燃やせるものだ。憎むことは、エネルギーを使う。それは相手に強い感情を抱くということだから。

「好きと嫌いは紙一重、ゆーんやけどな」
――親父が嫌いだ。死ねばいい。そう言っていたあの少年は、好きだからこそ、憎んだのだろう。好きな分だけ強く。
だから俺は、憎まない。憎んですらやらない。

切り捨てるだけだ。
「ずいぶんと都合のいい解釈をする脳みそですこと」「経験的事実やん」
実際、あの少年は現在父親と和解している。表面的な憎まれ口は、じゃれあいに等しい。
俺は武装を固めたまま。少女は俺をにらんだまま。

先に口火を切ったのは少女の方。
「……じゃあ、何とも思わないようにするわ、あなたのこと。それなら満足?」

俺の答えを待たずに、少女は歩き出し、すれ違う。振り返りもしない。足音が聞こえなくなってから、俺ははじめて笑みを引っ込め、口元を手で覆った。

……『それなら満足?』

逆、だ。
むしろ、物足りない。そう思ってしまった自分に、ひどく驚かされた。

好きだなんて言われたくはなかった。自分の腹を見抜かれているかもしれない相手に、好かれても嬉しくはない。むしろ嫌って。
嫌いになって、もっともっと、大嫌いになって。

一方的にその強い感情を欲しがることが、どんな意味を持つのかには気付かないふりをしたまま、俺は、彼女のことも切り捨てると決めた。






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