11 笑って
放課後。校庭で見た彼は、なんだか憔悴しているようだった。
彼らしくもない。隠しきれていないのだ。
有希も気付いていたし、他のチームメイトも気付いていて、なんとはなしに気遣っているようだった。
隠そうとは、しているのだけれど。多分一生懸命。
有希が水野から聞いた話を又聞きして、合点がいった。
風祭が休んでいるからだ。大怪我で。
……彼のせいと、言えなくもない状況で。
彼にとっての風祭が、どんな存在だったのかを考えれば。
私はため息をついた。
憔悴して当たり前だ。それを隠し切れないのも当たり前。隠そうとする根性は買おう。気付いてしまえば、それは痛々しいだけだけれど。
有希も水野も他のチームメイトも、足の怪我で見学している彼も、いつもどおりを装って練習は進む。
けれど、ふとした所で無理が出る。
パスを出そうと、風祭を探してしまう水野。風祭さん、と言いかけてしまう森長。有希は普段以上に怒りっぽい。
ひとつひとつは小さなこと。でも確実に、みんなの無理は彼に追い討ちをかける。
失敗してしまったみんなが、彼に対する気遣いで、彼の様子を伺う視線。
その視線に、彼は逆に、いつもの彼を装わされるのだ。
彼は装わなければならない。だって、それが彼なのだから。
私は思いっきりボールを蹴った。
「ぶっ」
私のサッカーの腕も、大分上達しているようだ。
「なにすんねん!」
彼が鼻を押さえて文句を言った。
狙ったところに見事命中。懸命に練習に励んだ甲斐があるというもの。
「あらごめんなさい。ちょっと変な方向に飛んでしまいましたわ」
私は転がったボールを取りに、彼の方へと走った。
「変って……逆方向やろが」
私だけに聞こえる声の大きさで、彼が言った。
「鼻血が出てるわよ。保健室行ったら?」
皆に聞こえるように、大声で私は言った。返答を待たずに、踵を返す。
しばらく彼の方を見ないように気をつけていたから、彼がいつ居なくなったかは分らなかった。
「上条、シゲの荷物持って保健室行ってくれないか」
練習後、着替えを終えて部室を出たら、彼とは違って、わかりやすく落ち込んでいる水野にそう声を掛けられた。
「なぜ私が?」 「保健室に送り込んだ奴が行くのは当然だろ」
胸にリュックを押し付けられ、持たされる。軽い。教科書なんか入っていないんだろう。
水野はうつむくと小さく言う。
「悪い。本当は、俺があいつをなんとかしてやらなきゃならなかったんだ。でも」
「無理することないわ」私はそう遮った。
「それがあなたなんだから……ま、面倒だけど、届けてあげるわ」
軽いリュックを肩にかけ、保健室へ向かう。
保健室の戸は軽くて、カラカラと乾いた音を立てる。白を基調にした部屋は、今は夕暮れの色に支配されている。中に保健医はおらず、3つあるベッドのうち、窓際のひとつだけカーテンがしまっていた。私はわざと足音を響かせながら近づき、乱暴なぐらいの手つきで、鮮やかに染められたそれを引いた。
「聞いたわよ。勝ち逃げされたんですって? 風祭に」
眠っているのか、ベッドで目を閉じている彼に言い放った。
「よかったじゃない、これでサッカーやめられない理由ができたでしょ。フラフラしなくて済むじゃない」
彼はうっすらと目を開けると、私を睨みつけた。
彼に敵意を向けられたのは初めてだと、私は思った。
微笑が浮かんだ。それは、待ち望んでいたものだったから。
好きだといったら、私はあっさり振られるだろう。
彼が好きだ、という自覚とセットになっていたのは、そんな確信だった。
彼は、だれかに弱みを見せられる男ではない。
弱みを握った女を、受け入れられる男でもない。
彼が望むのは、上っ面だけを見て、自在に騙されてくれる、自分の腹の中になんか興味を持たない、安心できる女なのだ。
……だからずっと、自覚しないようにしないようにって、好きだなんて認めないって、頑張っていたんだわ、私は。
だからせめて、彼の本音が欲しかった。
愛情が無理なら、憎しみでもいい。
笑みで隠されていない、彼の本物の感情が欲しかった。
「……バカな風祭」
彼は私を睨んだまま、体を起こした。彼の色素のごく薄い髪も、太陽の色に染まっている。
昨日まで、こんな風に彼を追い詰めるつもりはなかった。風祭を侮辱するつもりもなかった。
彼がこんなに憔悴するなんて、思ってもみなかった。
こんなに余裕をなくすなんて。彼が隠せなくなるなんて。
――なんて痛々しい。
怒らせることはできても、励ますことはできない。
自分の気性を考えても、優しく励ますなんてこと、出来なかっただろうから、結果は同じかもしれないけれど。
敵意なら、表に出しやすいだろうから。
全部の感情を腹に溜めておくよりは、気持ちの整理がつきやすいだろうから。
自分を責めるよりも、誰かを憎んでいた方が、早く元気になれるだろうから。
私はあえて言った。
「身の程知らずが無理をするから、こういうことになるんですわ。そうは思いませんこと?」
彼が奥歯を噛み締めるのがわかった。
本当は、ただ笑って欲しいのに。
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