12 クレイジーフォーユー
俺は奥歯を噛み締めた。そうしていないと、自分が何を言ってしまうか、わからなかった。
「あら怖い顔。そんなに風祭が大事?」
日に焼けにくいらしい彼女の白い肌は夕日に染められていたけれど、髪と目の黒さは、微塵もかわりなかった。
俺は彼女から目を逸らし、掛け布団をのけてベッドから降りる。靴を引っ掛け、立ち上がる。
「あなたが怪我させたのに?」
俺のリュックを差し出しながら、口元に笑みを浮かべて言う彼女。
俺はひったくるように受け取る。
「どうして誰もあなたのせいだってちゃんと言わないのかしらね。あなたはそう自分を責めてるんでしょうに。どうせなら面と向かって責められたいんでしょうに」「……ホンマにようわかっとるんやな」
彼女に、顔面にボールをぶつけられた。
狙ってやったのは、俺にはまるわかりだった。
ぶつけた後、鼻血が出ているなんて嘘を彼女が言ったのは、俺をあの場から遠ざけるためだ。
俺はこうして保健室に来た。
正直助かった。あの場にいるのはきつかった。
彼女だけがどこまでも俺を見透かす。
見透かして、苛立たせる。こんな風に。
俺は一歩彼女に近づき、その顔を見下ろすようにして凄んだ。彼女の顔に、黒い影が落ちる。
「あんまし、男怒らすもんやないで」
怯えた様子など微塵もなく、むしろいっそ愉快そうに彼女は笑う。
「笑って誤魔化すのはもうおしまい? それとももう、そんな余裕ないの?」
「……お嬢相手にそんなことしても無駄やろ」
「その無駄なことを、今までずっとやってたんじゃないの? あなたは」
そうしていれば、逃げ切れると、彼女が諦めてくれると思っていたのだ。彼女以外の人間はそうだったし、誰だってかわしきれると思っていた。
逃がしはしない。誤魔化されはしない。彼女が送っていたメッセージ。
危機感を煽られて。
かけた罠には引っかからない。逆に罠にして返された。嘘だってつける手ごわい相手。
それでも、できると思っていたのだ。
彼女を切り捨てられると思っていた。彼女に対する感情を、誤魔化して、見ないふりをして、そうすれば逃げ切れると思っていた。
今日までは。
「もう止めるわ。俺のこと、ほっといてくれ言うても、どうせしてくれへんのやろ」
「そうね。珍しいものが見られることもあるし」
彼女は体をひいて保健室の出入り口まですたすた歩き、振り返る。
「あなたがあんなに弱るなんてね。全然隠せてなかったじゃない。いいもの見せてもらったわ」
カラカラと戸の閉まる軽い音がした。彼女の足音はやがて消え、静寂があたりを包む。
「くそっ!」
床にリュックを叩き付けると、俺はベッドに勢い良く仰向けに倒れこんだ。
彼女は俺をかき乱す。無遠慮に。
自分自身でも、見たくもない、隠しておきたい部分まで、無理やり思い出させる。
腹の底に沈めていたもの。
どろどろした、真っ黒いそれ。
小学校の時、二度と帰らないと決めた時に、あるいは、サッカーに本気になると決めた時に。
切り離すと決め、ずっと見ない振りをして、おとなしくさせていた暗い感情。
彼女に対する感情を認めてしまえば、それがあることも認めることになる。
相手への、強い執着。きっと、同種のものだから。
けれど、もう誤魔化せない。
彼女を怒らせたい。傷つけたい。泣き顔が見てみたい。
わかってる。とっくにいかれてる。
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