シゲ編 #11 /// site top / text index / ニセモノの恋 index


#11 試合で勝負


『お嬢の誕生日、八月二十九日。試合あんねん。見に来てや、お嬢のためだけに勝ったるわ』

 約束どおり、試合に勝った。点も入れた。これでなんとか、バックステージに来て貰えるだろう。
 シゲは更衣室で着替えながら、ほっと胸をなで下ろした。電話は相変わらず毒の吐き合いだが、幾度かデートを重ねた現在、彼女との関係はまあまあだ。つい一週間前のデートで、試合に勝ったらバックステージまで会いに来てもらうという約束まで取り付けた。
 今までずっとシゲが彼女に会いに行く形だったのだから、進歩である。
「藤村、ホンマに来るんか振り袖の彼女」
 シゲの得点をアシストした先輩が、不機嫌な声で問う。
「バックステージパスもちゃんと渡してありますし、来よりますよ。さすがに振り袖は着とらんと思いますけど」
「お前にパス出すんやなかった……」
 茶化した答えはスルーして、頭を抱える先輩。
「いやー、おかげさまで彼女にいいとこ見せられましたわ」
頭を抱えたまま何一つ反応しない先輩に首をかしげていると、
「シゲ、言い過ぎやって。先輩最近ブルーなんやから」
 そうノリックに諭された。
「何なんや一体」
 こっそりノリックに尋ねれば、なにやらアナウンサーに片恋をしているらしい、との答え。
「……まじで?」
 恋ひとつでここまでノリが悪くなるとはと、シゲは心中呟いた。
 普段からシゲになんやかんやと言いはしていても、日本代表だったこともある先輩が恋の相手に困ることはまず無いはずだ。その先輩が恋で悩む羽目になるなんて。しかも片思いで。青春というか、純情というか。
 先輩いくつやったっけ、とシゲは呆れ混じりに数えだしてしまった。

 更衣室の扉を開け、外へ出る。
「23歳おめでとさん」
 再会した時と同じくベンチに背筋を伸ばして座っていた上条麻衣子に、シゲは開口一番そう述べた。
「どうもありがとう。年を取っても、もうあまり嬉しくありませんけれど」
 立ち上がりながらつれない返事をする彼女は、白のノースリーブに藍色のスカートと、至ってシンプルな出で立ちだった。
「宣言どおり、勝ったものね。私もおめでとうと言うべきかしら?」
「ええって。お嬢が見に来るんやから、勝ちは決まっとったようなもんや」
「俺の勝利の女神様、ってか? あいかわらず気っ障な男やな」
いつからいたのか、横からノリックが口を挟んだ。
「はじめまして僕吉田光徳いいますねん、よろしゅうに」
 ちゃっかり彼女の前に立ち、握手を求めるノリック。
「背番号9の吉田選手ですよね。存じております。今日のシュート、見事でしたわ」
 にこやかに握手に応じる彼女。俺と差が激しすぎやしないかと、シゲは軽くつっこみたくなった。
「おーおー藤村、また呼んだのかよ」「こんにちはー、お名前は? シゲより俺に乗り換えません?」「きれいなお嬢さんやないかい。やりよるな藤村」
 更衣室からぞろぞろと出てきたチームメイトが、次々に彼女に話しかける。今日誕生日なんやって、とノリックが余計なことを言って、それは一層激しくなった。
「あーもー、邪魔やジャマ」
 シゲは手で軽く野郎どもを追い払いながら彼女に近づいて、肩を抱き寄せて胸に収める。
「俺のなんやから手ぇ出すな。ほれ、散った散った」
 しっしっと手を払っていると、今ようやく更衣室から出てきた先輩と目が合ってしまった。
いや別にあなたに見せつけるつもりはないんです、必要にかられて仕方がなくなんです、と冷や汗まじりに思うシゲに一瞥をくれて、彼は肩を落とし気味に行ってしまった。
 なにせチームの司令塔。調子を落とされるのは困る。
 まずったかと思ったシゲは、いつの間にかギャラリーどもが静まっていることに気づくのが遅れた。
「おいシゲ」
 ノリックの声で、周りの視線が集まっているらしい、腕の中の彼女の顔を見る。
 シゲは息を呑んだまま動けなくなった。
 彼女が。
 あの上条麻衣子が。

「ちょお……大丈夫?」

 ノリックの声が遠く聞こえた。

 大丈夫、ちょっとお化粧直してきます、という彼女の声も、腕のなかから聞こえたはずなのに、遠かった。

 硬直しているシゲの手を、彼女はあっさり抜けだす。

 彼女の後ろ姿が見えなくなってようやく、シゲは動けるようになった。
 手のひらで口元を覆い、嘘だろという言葉を飲み込む。

 上条麻衣子は、泣いていたのだ。

「シゲ、お前も大丈夫か」
 ノリックがシゲの背中を叩く。
「……何で泣いたんやろ」
「何でって……僕に聞かれても」
 そうだろうとは思いつつ、問わずにはいられなかった。さっぱりわからなかった。彼女が泣くなんて、想像もしていなかった。
   もしかしたら、俺たちが囲んでもうて怖かったとか」
 体格のいいDFのひとりが言い出した。
 そうかもしれない、きっとそうだろう、と言い合ったチームメイトたちは、すまんな、ジャマしたな、とシゲの背中やら肩やら頭やらを叩いて退散していった。
「おい、ホンマに大丈夫かシゲ」
 最後にひとり残っていたノリックがシゲの目の前で手をひらひらさせながら聞いた。
「いや、ちょっと驚いてもうて。すまんなノリック」
 いつもの口調に戻ったシゲに、ノリックは笑う。
「そりゃ、好きな娘ぉにいきなり泣かれたら、驚きもするわな」
 じゃあ僕もお先に彼女によろしゅう、そう言い残してノリックも帰っていった。
 好きだから驚いたわけじゃないと、ノリックやチームメイトたちには間違っても言えないことを思いながら、シゲはベンチに座り、上条麻衣子が化粧室から戻るのを待った。
「何で泣いたんやろ」
 また同じ台詞が口から漏れた。体格いい奴らに囲まれたぐらいで、彼女が泣くとは思えなかった。だからといって、他の原因も考えつかない。
 彼女に起こった出来事は。
 ノリックと握手して、あいつらに囲まれて、俺が肩を抱き寄せて……

   ひょっとして、これか。
「泣くほど嫌やったんか俺が」
 情けないながらも、野郎どもが怖かったとかいう理由よりは幾分納得できる気がして、シゲは大きくため息をついた。



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