#10-2 誕生日勝負2
「演じることで本物に近づくことも、あるらしいわよ11番さん」
彼女が優しく笑いかけながらそんなことを言うので。
よりによって、 あの彼女が、 俺に、 優しく、 笑いかけながらそんなことを言うので。
「多分、お嬢がそんな態度つくっとるかぎり、無いと思うわ」
マジな顔でおちゃらけもなしに、そう答えてしまった。
状況を説明しよう。前回の車勝負(シゲ●)にもめげず、デート(という名の戦い)の約束を取り付け、東京遠征のオフをつぶして出てきたシゲを待っていたのは、勿論着物、ではなく、私服姿の上条麻衣子だった。 初夏にふさわしいブルーグレーのカットソー、細身のデニムパンツ。髪は前と同じく、まっすぐ背中に流している。 そう、始めっから彼女は変だった。シゲに気付いた彼女は、にっこり笑って(あくまでにっこり、である)手を振った。 シゲの第一声は、 「なんか悪いもん喰ったん?」 であったのだが、彼女は毒を返しもせずシゲの手に手を絡めてきた。 指を絡めあった、いわゆる恋人つなぎである。 そして、シゲを引っ張りまわしながら、なんだか今が幸せ最高潮の恋人同士、という態度(ただし一方的)でウインドーショッピング(黄色い声はつくりものだと知っているので、可愛いとは間違っても思えない)やら、帽子売り場(危うくペアルック)やら、果ては子供服売り場(もう言いたくもない)まで、連れまわされた。 なんとか休憩へと持ち込んだ手近な喫茶店で、あまりに違う彼女の態度に、半ばげっそりしながらシゲが尋ねた、 「ええと、どういうつもりなん? キャラ違わん、お嬢」 という質問の答えが、冒頭のアレなのだった。
シゲの答えに、彼女のにこやかな笑みがすっと消えた。ふうん、つまらないこと、と呟いて、アイスティーのストローを回す彼女。 氷がカラカラ鳴った。 「じゃあ、仕方が無いわね」 彼女が浮かべたのは、今度こそいつもの彼女の笑み。高飛車な、挑みかかる笑みだった。 シゲはため息をついた。安堵のため息である。これでやっと調子が出る。 「それよりお嬢、来月お嬢の誕生日やんな。何か欲しいモンない?」 「特にありませんわ」 「そんなことないやろ、年頃なんやから。欲しいモンの一つや二つ」 「ありませんわ。あったら自分で手に入れますもの。お金に不自由しているわけではありませんし」 即答される。取りつく島も無い。 「じゃあやっぱ、コレしかないな」 シゲは胸元から一枚のチケットを取り出した。 「お嬢の誕生日、8月29日。試合あんねん。見に来てや、お嬢のためだけに勝ったるわ」 眉根を寄せながらも彼女はチケットを受け取る。 「会場横浜やし、来られるやろ? それとも忙しいか?」 「二月近くも先なら何とでもなるでしょうよ」 彼女は暫く手元の薄い紙切れを睨むように見て、ひとつ息を吐きバッグにしまい込む。 いつもの調子で、気障だなんだと皮肉を返されるとてっきり思っていたのだが。 「今日は変化球攻撃なん? 素直やん」 「サッカー選手ならサッカーで喩えなさいな」 前言撤回、いつもどおりだ。 「そんな小難しいこといちいちやってられるか」 つい言い返し、シゲは我に返ってひとつ大きくため息をついた。 「何よ、鬱陶しい」 「いや……進歩ないなー思て」 これでは、中学時代とあまり変わらない。シゲの敗北感も同様である。 何とかしなければならない、と思わないでもないのだが、そこは負けず嫌いの自分だ。恋に落とすか落とされるかの勝負よりも、つい目先の口喧嘩を優先してしまう。全く、先が思いやられる。 「……お嬢、ホンマに俺のこと、落とそうとしとるか?」 「したら調子づくでしょう、あなたは」 涼しい顔でアイスティーを一口飲み、さりげなくストローを指先で拭う。 「要するに、逃げ切った方の勝ち、なのよね?」 「ちゃうって、落とした方の勝ちやって。どっちも逃げたら勝負にならへんし、片方逃げ続けとっても勝負終わらんやろ」 敗北宣言と、取れない事もないなと言いながら思う。彼女に本気で逃げに入られたら、振り向かせる自信は全くない。不本意ながら。 「逃げつつ相手を落とそうとしろ、そう言いたいの?」 「ま、そうやな」 なるほど、と呟き、彼女はまたカラカラと氷を鳴らす。 「とりあえず、さっきのは逆効果だったみたいね」 「その通り。よぉ覚えといてや。さぶいぼもんやったわ」 彼女は軽く笑った。今度は本物っぽい笑いだ、とシゲは思った。
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