シゲ編 #8 /// site top / text index / ニセモノの恋 index


#8 車勝負


いい具合に空いている、曲がりくねった峠道を、かなりのスピードで車は進む。遠心力が強くなり、運転しているシゲ本人もだいぶ体が揺さぶられる。シートベルトをしているだけの彼女は、シゲの比ではないだろう。
「ちょっと、飛ばしすぎじゃない。ヒトの車でしょう、これ」
 さすがに文句が飛び出す。
「怖いん?」
「まさか」
「強がらんでもええよ」
「怖がらせて勝った気になろうっての? 恋愛で勝負って、さっきあなた言ってなかった?」
「アレや、つり橋の法則。恐怖でもなんでも、どきどきさせとったら恋に落ちやすいゆーやろ」
 シゲは、どんな罵詈雑言が飛び出すかと覚悟しながら、出来るかぎり車を飛ばす。アクセルブレーキクラッチギアチェンジ、同時にステアリング操作。なるほどマニュアル車は両手両足、休む暇がない。
 彼女はしばらく無言だった。
 そして、あくまで無言のまま、何故かいきなりサイドブレーキを引いた。
 驚きとブレーキの物理的な力が相まって、シゲは、ステアリング操作を誤りそうになる。

「お嬢!」

 慌てて彼女の手の上からサイドブレーキを握り、下ろして解除する。
「何すんねんな」
 本気で道を外れかけた。あくまで視線は正面、運転もしながら本気の悪態をつく。
 一瞬で余裕がなくなった。
   普通やるか? こんなこと。
 やらない。絶対やらない。普通思いつかないし、思いついたとしてもやらない。絶対。
 彼女の手とサイドブレーキを握りしめているシゲの左手の上、シゲの左手の甲に彼女の手が重なる。彼女の両手に左手を挟まれた格好だ。振りほどこうとすれば、結構な力で上からぐっと押さえられた。
「お嬢、手ぇ離してくれんとギア変えられんのやけど」
 シゲは怒気をにじませた。
 峠道では、ギアをかえないとしんどい。オートマじゃないのだ。ギアがスピードに合っていないと、エンジンが妙な振動を起こす。今だって背中からビリビリ伝わってくる。心から変えたい。ギアを。

「変えたいなら振りほどいたら?」

 あっさりと彼女は答えた。
「そしたらまた、サイドブレーキを引くけど」
「待て。あんなんされたら今度こそ事故るわ!」
 振りほどこうと一応控えめに抵抗していた左手をぴたりと止めて、シゲは叫ぶ。
「じゃあ右腕一本でなんとかしたら?」
またしても、あっさりと、彼女は答える。
   マジかお嬢。
「くそっ」
 シゲは右足の太ももでステアリングを押さえ、左足でクラッチを踏みこむと右手でギアをチェンジした。すぐさま右手をステアリングに持ちかえ、空いた右足でアクセルを踏む。
 何しろ峠道なので、頻繁にやらなくてはならない。曲がりくねっているのだから、ハンドリングだって難しい。
 低速でずっと走ればいいじゃないか、という突っ込みはなしだ。確かに時速三十キロぐらいでなら、変速なしで走れるだろう。
 だがそんなにとろとろ走ったのでは、負けを認めたのと同じなのだ。



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