#6 軽く鍔競り合う
「シートベルト締めとってな」
助手席に納まった上条麻衣子は、無言でベルトを締める。シゲはそれを待ってギアをローに入れ、車を発進させる。
「こんな派手な車、恥ずかしくないのかしら」 彼女はあっさり毒を吐いた。
先輩の愛車、真っ赤な国産クーペ。確かに、色は派手だけれど。
先輩が聞いたら泣くかもな、とシゲは思い、何か名前も付いているらしいとは言わない方がよいだろうと判断した。
名前、先輩に聞いたけど忘れたし。 生きてゆくのになんら支障のない情報であることだし。
「真っ赤な振袖姿でスタジアム来るんは恥ずかしくないんか、お嬢」
「別に。サッカー見るために振袖着たんじゃないもの。それよりあなた、お嬢ってばかり呼ぶけれど名前忘れたの? それとも予防線?」
「予防線って、何の?」 「苗字が変わってるかも、とかよ」
いきなりボディーブローだ。シゲは、驚きを運転に集中しているふりで誤魔化せたろうか、と心配になった。
シゲ自身、中学時代とは苗字が変わっている。彼女がそういう連想をしたとしても、不可思議ではないかもしれない。
ただ、女性の『苗字が変わる』は別の意味も持つ。彼女はシゲの一つ年下だから22、ありえないことでもない。
だとしたら、この状況はあんまり良くない気がする。うん、勘違いされかねない。
修羅場は正直勘弁願いたい。 「……俺が苗字変わったんは親父に引き取られたからやねんけど、お嬢はべつに親が離婚とか再婚とかそんなんあらへんよな」
「ええ」微かに声に笑いを滲ませた、簡潔な答えが返る。 「じゃあ人妻なん?」 「だったら振袖は着ませんわ」
「……せやな」 確かに、振袖は普通、未婚女性の着るものだ。不覚。
「今日、お見合いだったんですの。あまりに退屈で中座して来たんですわ。そしたら近くのスタジアムでサッカーの試合をやってるんですもの、気晴らしにと思って入ってみたのよ。こんなことになるなんて、全く思いもしませんでしたわ」
「お見合いってお嬢まだ22やろ」 「面倒な家なのよ」
へえ、と呟き、彼女の横顔をちらりと見やる。
無表情に近い、なんとも読めない顔をしていた。
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