エピローグ後プロローグ〜卒業についてのあれこれ3〜
彼が相変わらずの金髪(普通の男子がするような長さまで短くはしていたものの)で今日も堂々といるのを、そしてボタンのひとつも残されていない学生服を着ているのにも、彼が教室に入ってきた時点で、麻衣子は気付いていた。 ため息をつきたくなるような事実だ。 「嫌いな相手」をすぐに見つけてしまうのは、不自然ではない。むしろ、当たり前。周りはそう見てくれるだろうから、今更隠すようなことはしないけれど。 それでもため息をつきたくなる事実だ。 自分でも嫌になるくらい、麻衣子の目は敏感になってしまっている。彼に関して。
彼は水野と有希の所へ行き、なにか話をしている。いつも通りに会話をする三人の表情には、感慨めいたものはひとつもない。 この三人には今日が卒業だという実感はないのだろうか? ないのだろう、きっと。 サッカーを続けるのなら、卒業しても、佐藤が京都へ行くとしても、どこにいてもこの三人には結びつきがある。 それもまた、ため息をつきたくなるような事実だ。
卒業は――麻衣子にとっては明快に、線が引かれるということだから。
もう見るのは止めようかと迷っている間に、彼と目が合った。 慌ててそうしたとは思われない程のスピードで、麻衣子は目を逸らす。 それでも、彼が近付いてくるのが、気配だけでわかった。
今日は卒業式で。会うのはきっと今日が最後で。 彼ならきっと麻衣子に会いに来るだろう。と、思っていたのは確かなのだが、来て欲しくなかったのかそれとも、来て欲しかったのか。
自分でもよく分からない。
もう、無視する方が不自然な距離になった。 渋面で「何よ」と問う。 彼は、いつもの笑みを浮かべて「よう」と言い、麻衣子の胸元に飾られた赤い花をちらりと見る。 「無事、卒業できるみたいやな。おめでと、高校どこやったっけ?」 「あなたに関係ありませんでしょう」 「まだ決まっとらんの?」 「決まってますわ。あなたに言いたくないだけよ」 「ふうん」 そう言い、彼は麻衣子の前の席のイスに、背もたれを抱きかかえるようにして座りこんだ。 麻衣子の許可なんて求めることなく、そうするのが当たり前、といった風な顔で。
それはまるで――まるで、有希の向かい側に座った、水野のような顔で?
なんて馬鹿馬鹿しい!
麻衣子は軽く身を引いて背もたれに体を預け、辺りを気にした。 名残惜しいのか、生徒はなかなか帰ろうとせず、教室は静まらない。 「私、もう帰りたいのですけど。何か用事でもありまして?」 「まあな。お返し、しとらんかったなー思て」 「お返し?」 「そ。バレンタイン、チョコレートもろたやろ? ホワイトデーには早いけど、もう卒業やしな」 彼は、ズボンのポケットを探って何かを取り出し、麻衣子の机の上へ置く。 小さな丸い物体。校名にもある、桜の校章が入ったそれは。 「はじめに言っとくけど、第2やからな。お嬢の為にとっといたんやから」 麻衣子がボタンから顔を上げると、いつものニヤニヤ笑いにぶつかった。 外野がピュウと口笛を鳴らす。麻衣子は口笛を鳴らしたその男子に一瞥をくれ、ボタンを手に取ると立ち上がった。 「どうもありがとう。じゃあこれはもう、私のものね?」 反応を面白がっているのか、彼は机に頬杖をついて答える。 「そうやで。で、お嬢それ、どないするつもりなん?」 「決まってるわ」 麻衣子は立ち上がりながら机の上のボタンを手にし、開け放たれた窓へと近付いた。 桜がすぐ目の前に見える。花びらが窓に向けても散ってくる。 卒業式には相応しい景色だ。 最後の別れに相応しい光景。
ボタンを握りしめ、右手を振りかぶる。
放り投げようと力を込めた所を、彼の手に阻まれた。
手首を掴んでいる、後ろの彼を振り返る。 麻衣子の行動を読んでいたのか、にやりとした笑みを貼り付けたままだ。 「捨てるのは無し、や」 「私の勝手でしょう」 「んー、ま、そうやけど」 佐藤は首を傾げて、軽い調子で言った。 「お嬢がそうしたいなら投げてもええけど。俺、他の娘ぉ等に、第二だけはお嬢にやるから駄目やー言うて断ったさかいな。まあ、お嬢がこのボタンをどうしようが、俺がお嬢に第二ボタンやったって事実は変わらんし」 麻衣子は彼の目を一瞥し、掴まれていた手首を振り払った。 佐藤は人前で平気でこんなことを言う。 だから、佐藤成樹の本命は麻衣子だと、勘違いされたりもする。 あきれた話だ。人気者である自分の立場や、ファンの娘達の憧れを利用した、麻衣子への嫌がらせ以外の何物でもない。 何度、佐藤先輩の彼女なんですかと聞かれたか知れない。とんだ勘違いだ、大嫌いなのだと答えるのにも慣れてしまったというのに。 卒業式のその日にまで、よくもまあ。 「最後まで嫌がらせ? 」 「最後やからな」 そう、嫌がらせも、嫌がらせさえも、これで最後だ。 「持っとき。そのうち、プレミアつくで」 人差し指と親指でお金の形を作りながら、佐藤茂樹は笑って言った。
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