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ニセモノの恋 エピローグ2


ピリピリと部屋に響いた携帯の呼び出し音に、竜也は眉をしかめた。
「またアイツ?」
隣の有希が、ため息をつきつつ聞いてよこす。
「この着メロはアイツだけだ」
竜也はソファにふんぞりかえって液晶画面を眺めると、出るか切るか、少々迷ってからボタンを押した。
「……もしもし」
『ちょおタツボン、聞いてくれやー今日お嬢と会うたんやけど』
聞こえてきたのは案の定、藤村成樹のふぬけ声。
「切るぞ」
冷たく言い放ち携帯を耳から遠ざける。それでも、
『ちょ、まだ何の話もしとらんやろが!』
との奴の声が聞こえてきた。
切、のボタンを押すかどうか、しばし逡巡。またため息をひとつ落としてから、水野は「上条と会うたんびに電話かけてくるんじゃない! 黙って惚気話聞いてられるほど暇じゃないんだよ俺も!」 とがなった。


エピローグ2〜ニセモノの恋の代償2〜


まったく、いい加減にしてほしいのだ。
シゲが上条麻衣子の見合いを止めに行ったのが、今から約3ヶ月前。
ようやく落ち着くべき所に落ち着いたかと、竜也と有希が胸をなで下ろしたのも束の間、シゲは上条麻衣子と会った後、状況報告のような電話を竜也にかけてくるようになったのだ。
紆余曲折あった分、幸せそうで何よりだ、と最初は感慨深く聞いていた竜也だったのだが、二人でどこへ行っただの何をしただのを逐一聞かされ続けていてはさすがに面白くない。
例えばケンカをしただとか、浮気がバレそうだから裏工作してくれとか(シゲの今までの所行からの連想ならばあり得て当然)、それとは全く別の、サッカーの話題であるとか、ならばともかく。

 
『ちゃうって、相談があるんやって』
携帯越しの、案外深刻そうな声に、竜也はため息をついてから言った。
「判った、話せよ」
『それがなータツボン、今日お嬢とあちこち出歩いたんやけど』
「なんだよ、ケンカでもしたのか?」
『そうやったらまだ判りやすいんやけどな〜』
「もったいぶるな」
『はいはい。あのな、今日俺、お嬢の手ぇ握れんかったんや』
「ふうん、で?」
『で? って言われても……相談はそれなんやけど』
「は? 何だって?」
『だから、お嬢の手ぇ握れんかったんやて、俺』
「……なんで」
『それがわかっとったら相談なんかせんって』
「上条の手が握れなかったって? お前が」
『何度も試してはみたんやけど、ちょっとでも手ぇが近付くとお嬢に緊張されてもうてなーそうするとどうしても躊躇ってまうねん』
「緊張された位で握れなくなるのか? お前らしくもない」
『……だって、緊張されとるってことは、手ぇ握られるの嫌なんかもしれんやろ? 嫌われんの怖いやん』
「ちょっと待てよ、シゲ」
竜也は考えた。
つまり、シゲの悩みは上条麻衣子の手が握れないことであり、なぜそうなのか、というのは上条麻衣子に嫌われるのが怖いからである、と    
「……シゲ」
『何や』
「なんでお前に手握られて、上条が嫌がるんだよ。お前ら今度はちゃんと付き合ってるんだろ?」
『うー、そら、まあ、そうなんやろうとは、俺は思ってんねんけどな』
「俺はってなんだよ俺はって」
『それはつまりー、お嬢は違うかもしれんってことやろ……って、言わすなや。言うてて悲しくなってきた』
「………馬鹿だろお前」
『なんでやー、どのあたりが』
「上条に好かれてないって、本気で思ってるのか?」
『……嫌われとらんと思うか? 俺』
竜也は呆れた。あれだけ大騒ぎをしてくっついておきながら、この男は、という心境である。
「絶対大丈夫だから手ぐらい握れ」
『何や嫌われたら責任取ってくれるんかタツボ〜ン』 
「判った、じゃあ握るな、我慢しろ。一生我慢してろ。指一本触んな」
『………それも嫌やなぁ』
「付き合ってられるか、もう切るぞ」
『そう言わんと、まだあるんやって相談』
「……何だよ」
彼女をとっかえひっかえしていた頃のシゲは、そんなことでわざわざ電話をかけてくるなんてことはなかったのだし、と自分を宥めて、竜也は電話越しの声に耳を傾ける。
『お嬢と買い物しても、欲しい物とか言うてくれへんし。何か買うてやりたいんやけど』
「自分で選べばいいだろ、アクセサリー適当に見繕って」
有希へのプレゼントでコイツに相談した時、自信満々に答えたのは一体何だったんだ、と思っていると、これまた情けない声が携帯から響く。
『せやけど、気に入ってもらえんかったら、身に付けて貰えんやろ。そんなん悲しいやん。お嬢のこと、喜ばしたりたいんやけど、どーしたらええんかさっぱりや』
今までの女性経験はどうしたのかと言いたくなって、我慢する。
『なのにお嬢ときたら、全然分からんタイミングで、そらーえー顔して微笑むし、仕草なんかもいちいち可愛らしいし、髪はサラッサラやし、なんやええ匂いするし、俺の仕草一つでいちいち緊張するお嬢ってのも、何やこう、ぐっと来るもんがあって、でも怖がらすのも嫌われるのも絶対嫌やし、俺どうしたらええんやろ』
だからそれは、惚気だろ。
言うのを我慢する代わりに、竜也は黙って電話を切った。


「まったく、あいつ、何やってんだか……」
ため息をつきつつソファの隣を見れば、興味津々、といった顔の有希。
「で、なんだったの?」
竜也は仕方なしに、またひとつため息をついてから口火を切った。

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「な、情けなっ、あのシゲがっ」
笑い過ぎてお腹が痛くなり、背中を丸めていた有希は、そう言いながらようやく体を起こす。
目尻の涙を拭って、息をついた。
「はー、面白すぎて泣けるわー」
「お前な……」
渋い顔をする竜也を放って、有希は自分の携帯を手元に引き寄せる。
「これは麻衣子からも電話、かかって来るわね。絶対よ」
断言したとたん鳴り出した着信音に、有希はくすっと笑って目配せをした。
「ほらね?」
竜也はため息をつきつつソファを立ち上がり、そのままリビングから出て行く。
この男は、人の通話を聞いたりしない。結婚する前も後も、律儀な所は変わらないままだ。
有希はそっと微笑ってから通話ボタンを押す。
「はあい、もしもし麻衣子?」
「有希、今、電話大丈夫?」
なんとも生気のない声に、有希は苦笑した。


「それで、どうしたの? 今日はデートだったんでしょ?」
竜也から聞いたシゲの様子はおくびにも出さず軽く聞くと、しばらくまごついた後に、麻衣子は話し始めた。
「どうしてか、こう、緊張しちゃうのよ。前みたいに普通に話せないの」
「ふーん、手とか繋いだ?」
さりげなく聞いてみる。
「全然! もう、繋げないっていうより、触れもしないのよ彼に。ちょっとでも近付くとやっぱり緊張しちゃって、全然ダメなの」
初々しいことだ、と有希が思っているうちにも、麻衣子は話を続ける。
「それに、佐藤が何を考えてるのか、全然わからないのよ。こうなる前までは分かりやすい人だったのに」
そう、分かりやすくロクデナシだった。
「途中なのに、その話、止めちゃったりするし」
その話の行く先に他の女が繋がってたりして、気を遣ったのだろうか、もしかして。
「三秒くらい固まってたり」
ただ単純に、麻衣子に見とれてたんじゃない?
そう思ったけれど、口にはせずに聞いてみた。
「今何考えてるの、とか、今の何? とか、聞いてみればいいじゃない」
「それが出来るなら苦労しないわよ。言ったでしょう、普通に話せないって」
「どうして?」
「……嫌われてしまいそうで、怖いのよ。どうすればいいのか分からなくなるの」
「ふうん」
ようやく察しのついた有希は、携帯を逆の手に持ち替えてから言った。
「シゲの気持ちに確信が持てないから不安なんでしょ? 麻衣子は」
「……そうね、だって、あの佐藤なのよ? 誰かをちゃんと好きになるなんて、信じられる?」
「あはははは」
有希はただ笑った。
だって、不安なのはシゲだって同じなのだ。竜也に毎度毎度、電話をかけてくる位なのだから。
つまり、これ以上なく両思い。
馬鹿馬鹿しい、何を悩む必要が?
そうは思ったけれど、有希はやっぱり口にはしなかった。
有希は麻衣子の味方だが、シゲの味方ではない。ヤツを援護する気はまるでない。
でも、想い人である麻衣子当人にさえ気持ちを疑われているのはちょっと哀れかな、と思ってみたりもする。あくまで、ちょっとだけ。
「まぁ、とりあえず信じてみたら? アイツも忙しい中、わざわざ東京に来て、麻衣子と会ってるんだからさ」
「……それはそうかもしれないけど」
「『けど』って言わないの。何事も前向きに考えなさい麻衣子! そんで手ぐらいさっさと繋ぐ!」
「手ぐらいって……それが出来れば苦労しないのよ、有希」
「何言ってるのよ、たかが手じゃないの。それくらい出来なくてこの先どうするの?」
「このさきって、有希……」
有希の言葉に絶句した麻衣子の、赤く染まった顔が目に浮かぶ気がして、有希は微笑んだ。
中学の頃はそんなもの、想像もできなかったのだ。
「何かあったら、また相談に乗るからさ」
「……ええ」
自信なさげな声に、有希は空いている片手をぐっと握りしめる。
「何かあったら、シゲ殴りに行くし」
「それはちょっと……」
やけに真面目な口調での答えの後から、押し殺した笑い声が響いてきた。
え、麻衣子が笑ってる?
有希は驚いた。
シゲを殴る、と宣言した後の、麻衣子のそんな反応は初めてなのだ。
「麻衣子ー何笑ってるのよー。あたし、本気よ?」
「ごめんなさい、つい想像しちゃって。そうね、今度、お願いするかも」
息を弾ませながら答えた麻衣子に、有希は軽く息をついた。

なんだかんだ言ってはいるものの、麻衣子はどこかで、シゲの本気にちゃんと気付いているのだろう。
確信はできないまでも、きっとそういう感情は、どこか女の本能にひっかかる。
それでも、不安や悩みは尽きないのが恋の悩みどころってやつかしらね……などと、妙に達観しつつ、有希は柔らかく言った。
「元気、出たみたいね?」
「ええ、ありがとう有希。頑張ってみるわ」
「うん。またいつでも電話して」
向こうの終話ボタンが押されるのを待ってから、有希は電話を切った。


「終わったわよ」
リビングから出て、部屋にいる竜也を呼び、ふたたびソファへ腰掛けた。
「……んで、なんだって?」
隣に座ってすぐの竜也の問いに、有希は笑いながらの一言で答えた。
「『手をつなげません』だって」
「『手をつなげません』だって? そっちの悩みも?」
しばらくの間、有希と竜也は黙って見つめ合う。
そして同時に吹き出した。
「ったく、なにやってんだかあいつら。わざわざ電話で相談するようなことか?」
「しかも二人ともよ? 上手くいってんのかどうだか、わっかんないわね」
「ま、気は合ってる」「そうね、でも――」
言葉を切って、一人笑い出した有希に、竜也は怪訝そうな顔をした。
「何だよ」
「っはは、ゴメンゴメン、だって、まるで中学生じゃない? 手も繋げないの、なんて悩みはさ」 
「……まあ、確かにな。あいつら、中学の時のやり取りがめちゃくちゃだったからな。やり直してるんじゃないのか」
「やり直すって、中学から?」
有希は聞く。
「中学から。」
と真顔で返した竜也は、中学時代を思い出したのか、宙に視線を泳がせる。
そんな竜也を見て、有希も少しだけ思い出した。


あの頃。
夢に本気になって、サッカーボールを追いかけた。
けれど走り始めた始めた夢へと続く道、その一歩先には、いつでもこの男が立っていた。
だから、ほんの少し余計な夢も見たのだと有希は思う。
夢だけ目指して走るつもりが、いつのまにか恋も一緒に追いかけていた。
両方手に入ったのは奇跡だ。


「有希?」
気付くと、目の前に竜也の手がひらひらしていた。
「あ、ごめんごめん、ちょっと昔の事思い出してた」
照れ隠しに有希は大げさに笑ってから、んで、何? という表情をする。
竜也は一瞬戸惑った様子をみせてから、どこか嬉しそうな口調で言った。
「俺の予言、当たったろ」
「予言? 予言って何」
有希は首を傾げる。
「ほら、中学の卒業式の時、言ったやつだよ。シゲと上条の」
中学の、卒業式? 
竜也が言った、シゲと麻衣子の予言――
「あっ」 
ようやく思い出して、有希は声を上げた。
「そうね……そういえば――」



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