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ニセモノの恋 エピローグ



ボールが、ゴールネットを揺らす。
観客席が一斉に沸き立つ。
喜び勇んで駆けつけてくるチームメイトたちは、やったな、やら、お前のおかげや! やら、祝福の言葉を降らせながら、次々とシゲに抱きついてくる。
憮然と突っ立ったままその祝福を受け取っていたシゲは、ひとりごちた。
「なんで、俺に抱きついてくるんやろな、お前らは……」
シゲの疑問に答えてくれるチームメイトは、残念ながらいなかった。


エピローグ〜ニセモノの恋の代償1〜


試合終了のホイッスルが鳴る。会場に歓声が響く。
今日も勝った。スコアは3−1、これで8連勝。
「ようやった!」だの、「お前のおかげや!」だの、好き勝手な言葉を投げかけながらチームメイトたちがまたもや続々とシゲに抱きついてきて、シゲをもみくちゃにし、トレードマークの金髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ始めた。
襲ってきた嵐のようなそれから逃れようとあがきながら、シゲは叫んだ。
「毎度毎度、お前ら、いいかげんにせい!」
シゲは今日の試合、1点たりとも得点をあげていない。
ゴールにからんですらいない。
それなのにガタイのいい男共が抱きついてくるとあっては、軽く地獄絵図である。


チームは絶好調、8連勝中に加え、リーグ首位間近という中で、シゲの成績はというといまひとつだ。
別にシゲの調子が悪いわけではない。すこぶる良い、という程でもないものの、これが通常というレベルは保っているつもりでいる。それなのに成績が芳しくない理由はひとつ。
他のチームメイトの調子が、それはもう、べらぼうに良いのだ。

「ええそうです、藤村のおかげで……」
「今日は藤村が調子よかったから……」
「藤村がええ囮になっとってくれたんで」
「いやあ、ウチのエースが調子いいからですよ、この連勝は」

試合終了後の記者へのインタビューに答えるチームメイトたちは妙に生き生きしている。シゲは耳を塞ぎたくなるのをこらえつつ、適当に愛想笑いを浮かべてその場に立っていた。
シゲの調子は悪くない。
チームの得点頭であるシゲが走り込んだ場所にボールが集まらなかったことで、結果シゲが『囮』として機能した場面もなくはないので、まるっきり嘘というわけではない。
でも真実では絶対にない。
なんともいたたまれない。
「うん、やっぱ藤村はウチのエースでムードメイカーやからね。今日の勝ちも、藤村の働きはそらぁ、大きいわな」
監督が、最後の最後に駄目押しの一言を放つ。
残念ながら、監督の一言も、まるっきりの嘘ではない。
軽い頭痛を感じつつ、シゲはぼそっと呟いた。
「イヤミばっか、上手くなりよってからに……」
そのセリフは幸い、記者の耳までは届かなかったようだった。

「そない落ち込むなやシゲ、スマイルスマイル」
控え室に戻ったとたん、満面の笑みをたたえたノリックがシゲの肩を叩いた。
「うるさいノリック、あんだけコケにされて、笑っとったらただの阿呆やないかい」
「せやかてなー。からかわな、しゃーないやん。こんなオモロい話ほっとけるわけあるかい」
悪びれもせずに答えるノリックに、シゲは肩を落とした。

上条麻衣子の見合い会場まで行き、彼女を引き留めたのが今から3ヶ月前。
何やかんやとチームメイトに迷惑をかけた手前、それなりの報告はするのが礼儀だろうと、シゲはとりあえず上手くいったのだと皆に説明をしたのだ。
それだけで済むと思ったのが甘かった。

ノリック筆頭に、毎度毎度、デートの成果を根掘り葉掘り聞き出したがるこの人数を相手にするのは、シゲでも流石に無理だった。
彼らが手にした、「あの」藤村成樹が、上条麻衣子と再会してから一年近くを経ていてしかもきちんと付き合いだした今に至っても「まだ」手を出していないという情報が、チームに見たことのない一致団結と、士気の高揚をもたらしたのだ。

シゲをコケにしたおす、という、シゲにとっては迷惑きわまりない方向で。

目の前にあるノリックの満面の笑みを右手で押しやりながらシゲはため息混じりに言った。
「チームプレーは大事やけどなノリック、俺をダシにすんのはピッチでは止めてもらえんかな。ゴールしたお前が先頭きって俺に抱きついてくるんなやい! みんな真似するやろ! あと、インタビューでも勘弁してくれ。ハットトリック決めといて、俺のおかげはないやろ。あないなインタビューで記者さんがたどうやって記事書くねん」
「あはは、そんなん放っときや。好き勝手書くやろうし、今日の得点なんて全部お前使ったフェイント攻撃やからな。別に僕、嘘言うてないで。なあ皆さん?」
「せやな」
「そうや」
近くのチームメイトたちが輪をかけはじめる。
「で、明日も会う予定なんやろ、藤村」
「愛しの彼女」
「麗しの彼女」
「みなさーん、シゲに彼女ができました」
「あーもー、やかましい!」
本気で怒鳴ったシゲの目の端、ちょうど監督が通る。
「監督ー、何とか言うてくださいよこいつら。最近ずっとこんな調子やで」
シゲはここぞとばかりに呼び止め、助けを求めた。
監督は手にしていたバインダーで肩を叩きながら、シゲをちらりと見た。
「まあ、俺としては、チームの調子がええ時に水を差すのも何やしな」
「ちょ、監督!」
「ま、そのうち飽きるやろ。放っときぃ」
「そんな殺生な」
そのまま控え室を出るかに見えた監督は、立ち止まって振り返り、シゲの隣に近寄ると小声で話し始めた。
「まあ、監督としてアドバイスをするとすればやな」
「なんですか」
神妙な顔をして待つシゲに、監督は一言。

「押して駄目なら、押し倒せ、や」

どっと力が抜けた。 一拍間をおいて、腹に力を貯め直してから言った。
「監督、そっちのアドバイスはええから!」
「そうか?」
とぼける監督。
「ちょお先輩、なんか言ってやってくださいよ」
ちょうど傍にいた先輩に、シゲは助けを求めた。
何だかんだで恋愛ごとには真面目な先輩なら、監督やみんなを止めてくれるに違いない、という淡い期待を込めた視線を送る。
「あ、悪い、今俺幸せだから、助ける気にならん」
手を軽く振って軽く答えた先輩は、
「こないだ俺、プロポーズしてな」
といきなり切り出した。シゲとしては寝耳に水である。
「え、それでどないなったんですか?」
「OKしてもろた。幸せや言うたやろ」
ここは皮肉るべきか祝福するべきかとシゲが悩んでいる間に、後ろのチームメイトたちから歓声が上がった。
「こいつぁめでたい、なあシゲ」
「先輩に先越されるったぁ情けないなシゲ」
「さっさとシゲもプロポーズしてきたらどないや。ちょうど明日デートなんやし」
「せやから、そこで何でわざわざ俺に振るねん! ここは先輩いじっとくとこやろ!」
以前なら絶対にそういう流れになっていた筈なのに。
「だってなぁ。シゲやしな」
「そうそう。藤村だし。」
「んでもって、俺らやしな。ま、あきらめ」
そんな理由を述べ、性懲りもなく茶化し始める面々に、シゲはただ、ため息をついた。
こいつらに聞かれるがまま、まだ彼女に手を出してないなんて正直に言ったシゲが阿呆だったのだ。
からかわれる種を蒔いたシゲがバカだった。
そして、シゲは、これ以上の種は蒔くまい、と、改めて堅く心に誓った。

きちんとつきあい始めてからは、まだ   すらしていないだなんて、死んでもこいつらには言うまい、と――。





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