麻衣子編 #15 /// site top / text index / ニセモノの恋 index


#15 ニセモノの恋のおわり


『相手に先に惚れた方が負け』

エンドレスでぐるぐると、猛スピードで頭を駆けめぐる勝負のルールに、時々紛れ込む。

『俺の負けや』と、彼は言った。

「……うそでしょう」
 次の台詞を口にしようとしない彼に、麻衣子は問いかけた。
「嘘やないって」
 間髪入れずに彼が答える。
「……ちゃんと意味分かって言ってる?」
「勿論」
「だって、負けってことは   
 麻衣子は言い淀んだ。何かの間違いだと分かってはいても、口になんかできない。
「……私、中学の時から好きだったって、言わなかった?」
「言っとったで。覚えとる」
 麻衣子は頷く彼に向けて力なく笑った。
「じゃあ、絶対に無理でしょう? あなたが私に負けるのは」
だから嘘だ。
彼が、麻衣子のことを、なんて。
そんなの絶対にありえない。
彼は空いている右手でがしがしと頭をかいた。
「普段あんだけ鋭いくせして、なんで分からんかな。俺、嘘言うとるように見えるか?」
「それは……見えないわよ確かに、でも」
 麻衣子はゆっくりと左右に首を振った。
「わからないわよ。無茶苦茶だわ。この間告白したときだって、嫌いだって言ってたじゃない」
「多分て頭に付けたやん。そんときはよく分からんかったんやって」
「待ってよ、じゃあ、中学の時から、その……やっぱり嘘だわ。あの頃のあなたが私を好きだったはずないもの」
「確かにな」
 彼は苦笑いを浮かべてから言った。
「間違っとるんは、お嬢の方なんや。中学の時からずっと好きだったって言うとったやろ。お嬢が好きなんは、昔の俺や。今の俺やない」
「それは、そうかもしれないけど……でも、あなたはあなたでしょう」
「違う。俺、変わったんや。お嬢のこと、散々傷付けとるのにずっと気付かんかったんやから、信じて貰えんかもしれんけど」
 麻衣子の顔をちらりと見てから、少し遠い目をする。
「……あの頃は、自分の腹ん中と折り合いなんてつけられんかった。今だって、全部丸呑みになんかでけへんけど」
 彼は、人差し指で鼻の頭を撫でる。
「俺   昔ほど、自分のこと嫌いやないねん。だから   
 彼は少しの間を空けてから言った。
   今の俺に惚れて欲しいんや」
じっと見つめられた麻衣子は視線を揺らしながら言葉を紡ぐ。
「今の俺って、でもそんなの、とっくに……え?」
 口に手をやった。
『相手に先に惚れた方が負け』
 それが、勝負のルールで。
『俺の負けや』
と、彼は言った。
 ということは、つまり……
「……うそでしょう」
「何が」
「嘘だわ、絶対に嘘」
 目元がにじんでくるのがわかった。
嘘だ。
そんなの絶対にありえない。

   彼が麻衣子を好きになるなんて。

「ちょ、何で泣くねん」
 彼は再び手をのべて、麻衣子の涙を拭う。
 その指先は優しくて、いたわる気持ちがこもっていて。
嘘だ。
「だって、」
「俺のこと、もう嫌いになったんか?」
 その台詞も、不安の入り交じった声音で。
   嘘だ。
「違う、嫌いになんてなってない」
 麻衣子は首を振った。
「じゃあ、なにが?」
 目を伏せると、彼にずっと捕まえられている右手があった。
 見合いには行かせないと、強く引き留めているのは彼の左手で。
 彼がこんなことをしている理由は。
 予感と、期待とで、全身に震えが走った。
   嘘じゃないの? 本当なの?」
 麻衣子は顔を上げて、彼の目を見た。
「私のこと好きなの?」
 震えた声で尋ねると、彼は口元に笑みを浮かべた。
 麻衣子の右手を握っている左手を、彼は少し持ち上げる。
「まだ言っとらんかったな。俺、麻衣子のこと好きなんや」
 息を呑む麻衣子に、彼は口調を変える。
「嘘やとか言わんといてな、本気なんやから」
 麻衣子は涙ぐんだまま、ひとつだけ頷きを返した。
「……答え、貰うて良いか?」
「そんなの決まってるわ」
 麻衣子はどこか不安げな彼の目を見つめたまま、言った。
「好きよ。今の、藤村成樹が好き」
 一瞬の間のあとで、彼は頬を緩めるように笑う。
「お嬢、いやスマン、麻衣子」
 笑み崩れたまま、彼は何やら恥ずかしそうに切り出した。
「抱きしめてもええ?」
 麻衣子は、しばらく固まった。
 辛抱強く反応を待っていた彼は、麻衣子がうつむいて小さく頷くと、捕まえていた手を離して一歩麻衣子に近付く。
 彼は触れるか触れないかという慎重さで、包み込むように、麻衣子を腕の中に閉じこめる。
 触れている部分は僅かなのに、彼の温もりは全身に伝わった。
「……あー、なんか今、ものすごく幸せや、俺」
 彼が耳元で小さく呟いた。



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