#7 指を絡める
見合いを勝手に抜け出した娘に、父は何も言わなかった。どんな言い訳をして場を収めたのか、母は麻衣子に語って聞かせた。何かあったら口裏を合わせろということだ。
そんな言い訳、どうせ向こうだって信じちゃいないだろうに。
実家で赤の振り袖を脱ぎ、マンションに戻った。料亭に残してきた鞄から、携帯電話を取り出して充電する。両親が鞄を持っていた間に藤村成樹から電話が無かったのは幸いだった。彼は別れたあと京都に帰っただろうから、それほどすぐ連絡してこないだろうとは思っていたけれど、もし、万が一。そう考えると手にいやな汗をかきそうだった。
しばらく彼には会わない方が良いだろうと、麻衣子は思った。今日見合いを抜け出したことで、父の監視は厳しくなる。うかつに動けば彼のことを気取られる。 麻衣子の口から、苦い笑いがこぼれ落ちた。何を馬鹿なことを考えているのか、自分は。彼があきれて電話を掛けてこないとか、あれっきりになるとは、考えないのか。 打ち負かせば負かすほど、きっと彼はむきになって挑んでくる。麻衣子が彼に負けないうちは、彼との敵対関係は続くだろう。そんな気がした。 でも、それでは駄目なのだと、麻衣子は膝頭に額を押しつけた。 それでは中学のときと同じことの繰り返しだ。本物にしなければいけないのだ、望みのない恋を。 負けるのが決まっている勝負。 決まっていないのは、負けるまでの期間と負け方で、わからないのは、自分がどれだけ傷つくことになるのかということ。 それでも、前に進まなきゃいけないから。 麻衣子は顔を上げた。
二ヶ月の後、麻衣子は藤村成樹からの誘いにようやく乗った。彼は匂わせもしなかったけれど、偶然か必然か、その日は彼の誕生日だった。 麻衣子は一応、プレゼントを用意しようとしたのだけれど、何を選んでも、中三のバレンタインの記憶が頭をかすめて駄目だった。当時はちゃんと立ち直れた。今はあまり自信がなかった。
デート当日、麻衣子は彼に会って早々に彼の手を取り、指を絡めた。 彼と恋人同士らしいことをしてみたかった。 わざとらしいほど過剰な形にして、見破られないように誤魔化した。 ものすごい顔をして麻衣子に振り回されている彼は、麻衣子がどんな気持ちでそれをしているかなんて、ちっとも気付いていないだろう。そんな彼に安心しつつ、けれどどこか気付いて欲しいと思っている自分を、自嘲した。 気持ちを匂わせるようなことすらできないくせに。 「さぶいぼもんやったわ」 彼に言われて漏らしたのは、そんな笑みだった。
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