#6 手を握る
「面倒な家なのよ」 借り物である、真っ赤な車のハンドルを操る藤村成樹の質問にそう答えた。22で両手に余るほど見合いを重ねることは、普通の家ならまず、ないだろう。
麻衣子の父は、とある会社の役員だが、特別財産持ちではない。普通のサラリーマンに毛が生えたようなものだと母は言っていた。なのに、麻衣子の家が羽振り良く見えるのは、母の実家に負うものが大きい。つまり、当の上条家自体は、とっくに没落している。 それでも財界・政界のトップに繋がりを得るためには『上条』はまだ力をもつらしい。二十歳になった途端、『上条』麻衣子というだけで、山ほど見合いが舞い込んできた。 結婚できる年齢になったからではなく、姉が結婚を決めたからだ。見合いに序列は大切らしい。 姉は婿を貰った。見合いで知り合った相手だ。姉は積極的にお見合いをして、何十人もの中から上条家を継ぐ条件にあい、自分にも合う人を見つけたらしかった。 恋ではない。 打算でもない。 『似てるのよ、彼と私。一緒にいて疲れないの』 姉の結婚相手は確かに姉に似ていた。優しげで、だれにでも平等に接していた。本音は麻衣子にも全く覗けなかった。 もしかしたら本当に、芯から優しい人なのかもしれないと、麻衣子は思った。隠すためにそうしているのではなく、根っからのいいひとなのかもしれない。風祭みたいに。だったらいいと、麻衣子は思った。きっと幸せになれるだろう。 幸せになって欲しかった。たとえ姉が、麻衣子のことを何とも思っていなくとも。麻衣子は無力で、姉には何一つしてあげられないとしても。 彼にもそう思えるだろうかと、麻衣子は自問した。 隣で黙って車を運転している彼は、何年ぶりかで会ったにもかかわらず、中学当時と変わらない態度だ。 彼の中で、私は嫌いな相手のままなのだと、再会してすぐ麻衣子はあらためて気付かされた。何とも思われないよりは、切り捨てられるよりは、嫌われる方がずっといい。そうやって中学の時、彼が隠している本音を掘り返し、嫌われるようにわざともっていったのは麻衣子だから、これもやっぱり自業自得だ。 彼はサッカーに本気になって、夢中になって、ちゃんと充実した毎日を送っているのだろう。風祭もプロになった。風祭の他にも、同じフィールドで戦いあえる、本気でやりあえるライバルが世界中にいることだろう。 今の麻衣子に、彼と共通するものは何もない。 彼は遠い人だ。 かろうじて麻衣子に何かあるとすれば、特別に嫌われている、ということだけ。他人を切り捨てて済ませる彼が本気で嫌う相手は、あまり多くはないだろう。 不毛だ。中学の時もそうだった。 彼を好きになっても、先がない。明るい結末を想像できない。
恋じゃない。だって、恋だとしたら、ハッピーエンドはあり得ない。 それでも、このままでは麻衣子は一歩も先へ進めない。
「勝負せえへん?」 だから彼の勝負を受けたのだ。 相手に先に惚れた方が負け、なんて。 始める前から結果のわかりきった勝負を。
藤村成樹が車のスピードを上げる。 「ちょっと、飛ばしすぎじゃない。ヒトの車でしょう、これ」 さすがに文句が飛び出す。 「怖いん?」 「まさか」 「強がらんでもええよ」 「怖がらせて勝った気になろうっての? 恋愛で勝負って、さっきあなた言ってなかった?」 「アレや、つり橋の法則。恐怖でもなんでも、どきどきさせとったら恋に落ちやすいゆーやろ」 麻衣子は無言でサイドブレーキを引いた。 「お嬢!」 藤村成樹の悲鳴が聞こえ、麻衣子の手に手が重なった。 「何すんねんな」 まっすぐ正面を見たまま彼が言った。麻衣子は彼の左手を両手で挟み込み、彼の文句に意地の悪い答えを次々に返した。 こうしていれば、余裕のない彼はこっちを見ない。表情も態度も、麻衣子は取り繕ろわなくていい。 麻衣子は再会してはじめてじっくり彼の顔を見ることができた。 たまにテレビに映った彼を見ていたから、何年も会っていなくとも、金の髪が短くなっていても、驚くほどのギャップは無かった。 それでも中学の頃の印象は強く残っていたようで、骨格の鋭角さ、手のひらの大きさや硬さが、あの頃とはやっぱり違うのだと思わせた。 そう、しっかりと、大人の男、になっている。 乱暴な運転に、体は揺れたが不安はなかった。麻衣子は彼の手を挟み込んだまま、彼の真剣な横顔を見つめ続けた。こんな状況でもなければ、彼の顔はゆっくり見られないし、触れられない。
胸に痛みに似たものを感じながら、この温もりは忘れなければならないのだと、麻衣子は自分に言い聞かせた。
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