麻衣子編 #3-2 /// site top / text index / ニセモノの恋 index


#3-2 姉と小島有希


小さい頃から、憧れの人がいた。
 六つ歳の離れた姉。きれいで、いつも優しくて、勉強も運動も女の子らしいことも、何だってそつなくこなせる、完璧な姉。
 大好きだった。ただ一人、本当の家族だと麻衣子は思っていた。
 父、母、姉、そして麻衣子。四人家族、ではあるのだけれど、四人家族と言い切れるほど、その枠組みはしっかりしていない。
 父は若い頃から外に愛人がいるらしく。
 母は父を全く愛していないらしく。
 二人とも、そんなお互いに眼をつむりあって「家族」をやっている。
 表面上、至極仲良く。
 麻衣子が気付いたのは、小学校の三年か四年の時だった。その頃にはもう、麻衣子の殻は出来上がっていた。
 高飛車で、傲慢で、相手を馬鹿にして自分を守る殻。
 当然、麻衣子はそれを持って、父と母に接したのだ。そして至極当然、波紋が起こった。見ない振りをしていた事実を突きつけられ、さらに見ない振りをする。麻衣子の発言を聞かなかったことにする。笑って流す。ありとあらゆるかわしのテクニックを、両親は駆使して波を避けようとした。素直な自分であったなら、殻を出た自分であったなら、どうにかできるのかもしれない。そうは思いつつ、でもできないまま、麻衣子は挑発ばかりが上手くなった。それでも、望んだ反応は引き出せなかった。
 何年、という単位だったとは思う。いつまで繰り替えしたかはもう忘れた。ある日唐突に、本当に唐突に、父と母が本音をさらしあうことはないのだと悟った。
 多分、笑って済ませるのが大人の態度というものなのだろう。大好きな、姉のように。二人の本音を見ない振りをするのではなく、知りながら、笑って優しく接する。相手を許す。
『だって、お家大事の、政略結婚なんだもの、父さんと母さんは。仕方がないよ』
 そんな風に。許容できる姉が羨ましかった。
 麻衣子にはできなかった。かといって、父や母のように、笑って、誤魔化して、楽しいふり、仲の良いふりというのも、上手く出来なかった。だって本当は叫びだしたい位、両親の見え透いた家族ごっこが嫌だったのだから。
 偽ることも受け入れることもできない。麻衣子は、家では無口になった。父母は反抗期の一言で済ませながら、皮肉ったり挑発したりの波風を立てなくなった娘に安堵していた。
不思議だったのは、嘘を見抜く力が、隠されている感情を読み取る力が、どんどん敏感になってゆく事だった。単に年を重ねているからなのか、両親に対する気持ちを覆い隠している反動なのかはわからなかった。
 嘘に聡くなっても辛くなるだけだ。それでも鈍らせる方法を、麻衣子は知らなかった。 

麻衣子が中学に上がるのと同時に、姉は大学進学のために家を出た。隣県の、一流大に合格し、一人暮らしを始めたのだ。私立中に落ちた麻衣子とは正反対だ。
 姉が今まで務めていたらしい、母の愚痴の相手が麻衣子になった。すいすい麻衣子の追及をかわしていたかに見えた母にも、溜め込んでいるものはあったらしかった。父への不満、のろいのような言葉。父の前では決してみせないそれを、麻衣子に吐き捨てて母は自分を保っていたのだった。
 だから、姉がいなくなってはじめて、大人にもどこかにはけ口が必要なのだと麻衣子は知った。
 父はたぶん、外で。母は姉と麻衣子に。
なるほど、自分の心に嘘をつき続けるのは苦しいことなのだと、麻衣子は父と母の真似をしようとしてできなかったことを思い出した。
 優しかった姉にも、はけ口はあったのだろうか、ふとそう思う。
 そんな気配はなかった。麻衣子は、姉への憧れを強くした。

学校は楽しかった。感情に、感情が返ってくる。自分を偽ったり隠したりしなくていい。麻衣子は学校ではよく泣いたし、よく怒ったし、笑った。
 桜上水中のアイドルを自称した麻衣子の前に立ちはだかるのは、いつだって小島有希だった。高飛車で傲慢で、お嬢様だけど成績は悪い麻衣子と、ごくごく普通の少女、小島有希。美人度が同レベルでも、男子の反応を見る限り、勝負になっていなかった。
 だから麻衣子が彼女を嫌っていたのかといえば、そうではない。女子にありがちな、遠回しの嫌みや陰口で返すことをしない少女なのだ、小島有希は。
うっとうしいならうっとうしい、面倒なら面倒、嫌なら嫌。どこまでも真っ直ぐに、感情に感情を返してくれる少女。
 彼女との対決は楽しかった。だから麻衣子は彼女を追いかけて女子サッカー部に入ったのだ。

そして、彼に出会った。





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