#2 麻衣子は笑って有希が泣く
夜、十一時に、マンションのチャイムが鳴った。それも、何度も。 このせっかちぶりには覚えがある。麻衣子はインターフォンは取らずに、直接ドアへと赴き、覗き穴からその人物を確かめた。 やっぱり小島、もとい水野有希。麻衣子は迷わずドアを開けた。 「随分遅い時間のご訪問ですこと」 「麻衣子!」 今にも泣きそうな顔に出会う。 「まったく、どうしたの。新婚早々水野に泣かされた? とにかく入って。お茶を入れるわ、紅茶でいい?」 そう言って、踵を返しかけた麻衣子は、有希の出した名前にぴたりと止まった。 「違う……シゲが家に来たのよ」
話の顛末を黙って聞いていた麻衣子は、そう、と呟くとカップを持ち上げ、冷めた紅茶を一口飲んだ。 「麻衣子……どうして笑ってられるの」 「そういうあなたは、泣きそうね」 ため息が漏れた。有希の純粋さが愛しかった。目を見て微笑んで見せたら、有希の目元は一気に緩んで、ぽろりと零れた。 「いいもの見せてあげるわ」 麻衣子は立ち上がり、壁際のアルミラックから数枚のファイルを取り出した。涙を拭った有希は不思議そうな顔をしながらも受け取り、ぱらぱらめくる。 「ちょっと麻衣子、これ……あんた?」 「そう。写真も行動記録も、全部私よ」 ファイルは、興信所や探偵事務所の調査報告書だ。全部麻衣子を調べたもの。 「なんでこんなもの」 「ま、私が調べさせたんじゃない、ってことは確かよ?」 「茶化さないでよ」 鼻をすすって有希が言った。 「……紅茶、淹れなおすわ。冷めちゃったものね」 「麻衣子」 「ちゃんと話すわ。ただ、長い話になるから。私の家のことまで、話さなきゃならないから」 有希は、視線を自分の膝におとした。 「そういえば麻衣子、今まであまり家族のことは話してくれなかったものね」 麻衣子はテーブルの上のカップを盆に乗せながら、頷きを返した。 あなたに話していないことは、沢山あるのよ。本当にたくさん。 そう心の中で有希に謝りながら。
|