シゲ編 #1 /// site top / text index / ニセモノの恋 index


―――初恋は一生モノだなんて、大嘘だ。

ニセモノの恋  藤村成樹

#1 初恋と不思議


「あっさりしたモンやったもんな」

 藤村成樹は呟いた。彼の初恋は幼稚園の年少のころ、担当だった保母さんだ。残念ながら名前どころか、顔も覚えていない。次の恋は小学一年、クラスで一番髪の長い子。その次は三年、その後はまあ、色々あったからろくに覚えちゃいない。
 現在二十三、相手の顔をはっきり思い出せる恋なんて一つもなかった。実は昨日、藤村成樹は振られたのだが、その彼女の顔ぐらいしか、はっきり言ってわからない。
 その彼女の顔だって、一ヶ月もすればおぼろげになり、一年経たないうちにすれ違ってもわからなくなるのだろう。
 友人ならば、同性異性問わず、きちんと顔も名前も覚えているのだが。
 藤村成樹は、恋の相手はろくに覚えていない。すっきりさっぱり吹っ切っている。
「ホンマ、なんでなんやろなぁ」
 また呟いた。
 不思議でしょうがなかった。恋の相手すら忘れる自分が、最後に会ってから何年も経っているというのに、顔ばかりかふと見せた表情・仕草までも、はっきりと思い出せる人物がひとりだけ、いるということが。

 名前は、上条麻衣子。愛称お嬢。
 中学当時から大人顔で、背は高め、切れ長の目にさらさらストレートの黒髪。
 性格を補足するなら、高飛車で自分に正直、お嬢様なのに意外と根性アリ。
 彼女の視線すら思い出せる。記憶の中のその少女は、シゲを睨むように見ていた。
 甘い思い出はない。好きだったわけではないし、好意をもたれていたわけでもない。関係なら、単なるチームメイト、それも一年以上二年未満という短い期間。

「おい、そろそろ出るぞシゲ」  後頭部をぺしっと叩かれ、我に返る。 「スマンスマン」  シャツの裾を入れながら立ち上がった。紫のユニフォーム、背番号は十一。これからキックオフなのだ、うだうだと考え事をしている場合ではない。ここ、東京のスタジアムの更衣室は、試合前のモチベーションを高めているチームメイトで一杯だ。  頭のスイッチを切り替える。彼女に振られたぐらいでどうにかなるスイッチではないし、シゲは既にプロ入り7年目、プライベートで何があっても、パフォーマンスには影響しない。私生活と仕事は、綺麗に切り離せなくてはならない。  プロになるとは、そういうことだ。 「じゃー今日もぶちかましますか」  シゲは笑って、スタジアム入りする皆の背に続いた。



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