暗殺者と皇子/// site top / text index



暗殺者と皇子

「すきにしたらええんや、逃げも隠れもせえへん」

丸腰のその男は、両腕を軽く広げて、へらりと笑った。

「バカにしてるの、あなたっ!」

私は短刀を持ち上げて、切っ先を男の顔前へと向ける。

「そんなことあらへん。ま、俺第一皇子やけど代わりなんていっくらでもおるしな」

変わらない笑みに苛立って、私は一歩前へと進む。それでも男は笑ったままだ。

「……この刃には、毒が塗ってあるの。かすっただけで貴方、死ぬのよ」

「ふうん何、苦しまん毒?」

「勿論。騒がれても困りますもの」

「なるほど。そりゃぁいい」

変わらない。私はとうとう声を荒げた。

「どうして私を取り押さえないの。殺さないの。寝込みを襲った時は、完璧に刃を防いだくせに…その気になればたとえ丸腰でも、私から武器を取り上げる位、容易いくせに!」

私は男の鼻先三寸まで、刃をすすめた。男の目の色が、ほんの少し、深くなる。

「……お嬢、俺はな。どうせ殺されるなら相手は女がええって、ずっと思っとったんや」

男が、広げていた右腕を動かす。刃を奪われるのかと反応しかけた体を、私は必死で押しとどめた。その腕を持ち上げる仕草は、あまりにもゆっくりすぎる。短刀を奪われる前に、十分斬りつけられる。

「弟どもでも、親父の手下どもでもなく、かわいらし、ええ女やったらええなって。そう願うぐらいの自由、あるやろ。いくら俺かて」

「知りませんわ」

横目で腕の行く先を見定めながら、答える。

その右腕は、私の顔の高さで止まった。

指先だけをぱらりと揺らし、ゆっくりと、私の頬の横、無造作に垂らされたままの私の髪に触れる。

「……お嬢なら文句ないわ」

髪を揺らされる気配。

男は笑ったままだ。

「……抵抗ぐらい、したらどうですの」

同じ速さで、同じ間隔で、男は髪を揺らす。

「……綺麗な髪やな」

笑ったまま言う。

けれどその、深い目の色……

あと三寸。ほんの少し、刃をすすめればこの男は死ぬ。なのに何故。

なぜ私は。

「……お嬢……」

囁くように呟く男の声を聞きながら、髪に触れられる、その微かな気配を感じながら。

私は男の目を見つめたまま、動かなかった。


end



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