花を揺らす鳥 6
小島有希はうっすらと眼を開けた。 睡魔はまだ有希を離してくれず、強いちからでベッドに押しつけられているように、身動きができない。眠い。まだ寝ていたい。 ……今日の予定は何だっけ……まだ寝てても大丈夫なんだっけ? 有希は懸命に思い出そうとした。試合があるなら遅刻できない……今は日本に帰省中だから……今日の予定は……昨日はたしか、麻衣子と水野とシゲと飲み会で……今日の予定は特に…… 「んー、なんだっけ……」 有希はもぞもぞと身動ぎしながら、とりあえず時間を確かめようと身を起こした。 見知ったいつもの自分の部屋――ではない。実家でもない。 内装を見るかぎり、ホテルのようだ。 「あっれぇ、なんでホテルにいんのよ、あたし」 一つあくびをし、周りを見回した。ツインルームらしい。もうひとつベッドがある。 そのベットに、人が寝ていた。 有希のよく知る顔だ。 え? ええ?? 一瞬で、すっかり目が覚めた。 一応自分の彼氏、といえる男だ。でも、ホテルのツインに泊まるような間柄ではない。ない筈だ。まだ。 そっと自分の胸元を探ってみれば、下着のホックは外されていて、シャツの裾も全て、スカートからはみ出ている。下の下着はつけているみたいだが、靴下ははいてない。傍らで横になって寝ている水野は、少なくとも上半身裸。 えーと、これはどういうこと……?? 固まっていると、水野が身じろぎをして薄目を開けた。 「…有希、起きたか」 無言で頷く。 水野はベットサイドの時計をみて、「まだ早いな」 と呟き、寝直す体制だ。そのまま有希に背を向けて寝息をたてはじめたので、有希は手を伸ばし、その背中をおもいっきり叩いた。 「いってぇ」たまらず起き上がる水野。引き締まった上半身が覗いた。 なんで服を着てないの? とは怖くて聞けない。 「おはよう?」 疑問形で言うと、顔をしかめられた。 「もうちょい寝かせてくれ」 背中をむけ、また横になる水野。 「ちょ、それはないでしょ、説明しなさいよ」 「ほとんど寝てないんだ、勘弁しろ」 「……なんで」 「おまえときたら、俺のシャツに吐くし、飲み足りないって暴れるしで、大変だったんだからな」 「…それだけ?ホントに?」 水野のこめかみにに青筋が立った。 「酔って意識ない女に手が出せるかっての! まったく……横に酔ったお前がいて、そう簡単に寝付けなかっただけだ。他の部屋には、シゲが上條といるし」 「え、なんで? 麻衣子、そんなに酔っ払ってたっけ?」 「いや…そういうの関係なく、あいつらは恋人同士だからだろ」 「…そりゃ、そうだけど……そっか……」 有希は思わず、ベッドの二人を想像してしまって、赤面した。
寝ぼけ頭に、ああ、こいつも年頃だったんだなと、水野は有希の顔色を見て思った。それがわかっただけでも、水野が寝不足になった甲斐があったかもしれない。軽く息をつくと、有希がなによ、という顔をしてそっぽを向いた。やれやれ、である。
まだ眠い、と目を閉じかけた水野の頬を、有希の手がつねった。 「ちょっと、寝ないでよ〜。つまんないじゃない」 「知るか。頼むからテレビでも見てろよ……」 「水野って絶対血圧低いよね」 「……んぁ?」 「って、もう寝ぼけてるし」 とろとろとした感覚を水野が味わっていると、頬をぴたぴたと叩かれた。 「起きてくださーい、もう朝ですよー」 耳元で話される。 「お前な、そういうことしてるとどういう目に合うか、解ってねぇだろ」 水野は日に焼けた腕を持ち上げ、体の上に身を乗り出している有希を身体の上に乗せるように抱きしめた。
「水野!」 「おやすみ」 「ちょっと、離して!」 「嫌。まだ眠い」 「水野! 本気で怒るよ! 」 「どうぞ」 「ちょっと……水野ってば!」
「あー。じゃあ、キスしてくれたら起きる」
水野は薄目を開け、有希を見た。目を見開き、驚いた顔だ。有希を抱きしめていた手を緩め、一緒に上体を起こした。 細いあごに左手を添え、軽く上向かせてキスをせがんだ。有希は目を逸らしたが、水野が近づくと眼を伏せた。そのまま身を寄せていき、あと少しで触れるというとき。
思いっきり水野は突き飛ばされ、ベッドの上にひっくり返った。
「ごめん、力入りすぎた! 水野ちょっと、大丈夫?」 「……有希、お前、俺をからかってそんなに楽しいか」 「違うって! ごめん、ちゃんと訳が!」 水野は体を起こし、もう一度有希に迫った。 「俺はキスしたいんですけど」 「ダメ!」 「なんで!」 「だって昨日戻したんでしょ! うがいもしてないのに!」 「お前なあ」 水野はベッドを下り、立ち上がった。 「……怒った?」 「服取りに行くだけだ。バスルームにあるから。もう乾いてるだろ」 水野がついでに歯を磨いていると有希が来た。 水野と入れ替わるように、歯ブラシのセットを手に取って磨き始める。 「なんかへんな感じだな」「ほうね」 有希は、磨き終わった後も、ヒゲを剃るために水野がクリームを塗るところをじっと見ている。 「水野、ひげなんて生えるんだ」 「……そりゃあな。それより、そんなに見られてると手元が狂うんですけど?」 使い捨てカミソリの封を破きながら言うと、 「ごめん! 先に出るね」と慌てて飛び出していった。
なんだか警戒されているようだと、水野は首を傾げた。普段なかなか見せないような状況だからだろうか。寝起きの顔とか、朝の身づくろいとか。
少し気恥ずかしいが、これも自分の日常の一部なのだから、付き合っていれば、いつか知るものだろう。ひとつの部屋で朝を迎えたものの、過程をすっ飛ばしているので、ちょっと状況が特殊ではあるが。
バスルームを出ると、部屋には朝のニュースが流れていた。特に変わった事件もないようで、今話題のスイーツやレジャースポットなんかの平和な話題が続いている。 有希は膝を抱えてベッドに腰掛け、テレビに見入っている。努めてこっちを見ないようにしているのが、なんとなく水野にはわかった。
ベッドサイドの携帯を見ると、シゲからメールが来ていた。 『起きてるなら、俺らだけ先に出ようや。8時にロビーで』 おそらく、写真を撮られて記事にされるのを警戒しているのだろう。相変わらず抜目ないヤツだ。 「お前は後から、上條と一緒に出ろよ。ゆっくりしていけばいい」 「待ってよ、部屋代は?」 「入るとき、払ってる」 「いいよ」 「だめよ。悪いもの」 「いいって。こういう場合、女持ちにさせる男は居ないだろ」 「だろって言われても」 「そうまで言うなら、有希、キスさせて」 「え」 「歯も磨いたし、いいだろ」 「それは……」 言い淀んでいる有希のあごに触れ、すくうようにして上向かせた。 朱を掃いたように赤くなった頬に視線を走らせ、水野は水野は笑って顔を近づけた。 今までしたことのない、深いキスをしてやった。
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