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花を揺らす鳥 2
「お前に代わってくれ、だって」
二言三言話してすぐに、水野はそう言って有希に受話器を差し出した。 「あたしに? なんで」 「だいたい分かる」 そう言って受け取るよう促す水野に大人しく従い、有希は久しぶりに聞く関西弁に耳を傾けた。
『おー小島ちゃんおひさー』 「ひさしぶり」 『元気しとった?』 「まあね。そっちも元気そうね?」 『おー、そこそこな。』 「で、どうしたの? 何か話でも?」 有希は早速切り出した。 『おお、まぁ。ぶっちゃけ、お嬢のことやねんけど』 「ああ。そういうこと」 携帯を逆の耳に当てなおし、視線から逃れるように立ち上がり、水野の背後に回ってベッドに腰かけた。 『小島ちゃん最近、お嬢と連絡取っとる?』 「最近はないわね。何、ケンカでもしたの?」 『喧嘩ってぇより……。さよか。てっきり小島ちゃんにグチったりしとると思っとったんやけど』 「麻衣子のこと困らせた?」 『あー。たぶんそうやなぁ。嫌われとらんとええねんけど』 「そろそろあいそ尽かされてるかもね」 『言わんといてやそないな冗談……今はマジできっついわ』 「だったら何したか言いなさい、さっさと」 『あー、実は……』
ぼそぼそと、シゲらしくない口調で聞かされたのは、簡単に言えばこんな内容。
上條麻衣子を無理に押し倒そうとして、泣いて逃げられました。
……アホらしい。
「それで何であたしに麻衣子の様子を聞くわけ。麻衣子にはちゃんと謝ったの?」 『メールはしたんやけど、返事が返って来ぃへん』 「だったら電話しなさいよ」 『なんや怖ぁて』 「だからって、ほっといたら逆効果でしょうが。っていうか、泣かれる前にちゃんと止まんなさいよアンタ。雰囲気で分かるでしょうが」 『せやかて、俺ら、遠距離やんか。誰かに捕られんようせなあかん思ぅて、焦ってもうたんや』 「手ぇ出しておけば捕られないとでも思ったわけ? ずいぶん単純だこと」 そう答えたけれど、シゲの言っていることはまぁ当たりだろうな、と有希は内心思った。 麻衣子は、分かりやすいのだ、単純に言えば。 たとえば相手がシゲじゃなくても、シゲのようにちょっかいを出す人間が傍に現れたなら、麻衣子の意志なんて関係なく、あっという間に落とされてしまうんじゃないかと、有希でさえ心配になる。 だから誰かに捕られるかもしれない、そんなシゲの心配はもっともだとも思うけれど、麻衣子を不安にさせるだけさせておいて放りっぱなしというのは、シゲらしくない。 「いくらなんでもやり方がマズすぎだと思うわよ。何やってんの? あんたならもっと上手いやり方できるんじゃない?」 『そこは惚れた弱みやな』 「はあ?」 『嫌われたらどないしよ思うとな、強気になりきれんのや』 「そういうもの?」 『おお。今だって身動きが取られへんわ』 有希は苛立たしくため息をついた。だからって有希に何ができるというのだろう。麻衣子が有希に話さないのはきっと恥ずかしすぎるからで、だったら有希の口から麻衣子に何か言うわけにもいかないのだ。 有希はすこし考え、意地っ張りの麻衣子のことを考えて、シゲにアドバイスした。 「中学の時だって、あんたが一方的に追っかけ回して押し切って付き合うことになったんだから、麻衣子の気持ちなんて気にかけても仕方がないでしょ。あんたが次に、どう出るかなんじゃないの? あやまって、ちゃんと機嫌直してもらいなさいよ」 『……それもそうやな』 「ご機嫌取りぐらい朝飯前でしょ。しっかりやんなさいよー、しばらく手は出さない方がいいかもしれないわね」 『それくらいはわかっとるわい』 「あら上出来。それじゃ、上手くいくよう祈ってるわ」 『おお。宜しくたのんます』 「水野に代わる?」 『いんや。お邪魔してスマン、ってだけ言っといて』 「分かった。じゃあね」 『どーも』 有希はスイッチを切りつつ、水野の背中を見た。 机の上の参考書に向き合ったまま水野は口を開く。 「また上條絡みか?」 「そうよ。アイツも心配性よね。相手が麻衣子じゃ、しかたないけど」 「遠距離だし、いろいろ悩んでるみたいだからな」 「突然叫んだり?」 「ああ。たぶん、上條が原因だろうな」 淡々と言い、水野はノートに数式を書きとめている。 「……男って大変ね」 ため息交じりに有希が言うと、水野は突然手を止め、シャープペンシルを机に放り出すように乱暴に置いた。 「小島」 「何よ」 「そうやって割り切ってシゲとできる話題か?」 「そりゃそうよ。他人事だし」 「あのなあ……」 言ったきり、水野は口をつぐんだ。 不機嫌の理由が、電話での会話のどのあたりにあったのか、察することのできない有希ではない。 ないけれど。 「今どきそんな、堅く考えることでもないじゃない」 ベッドに座ったまま、有希は、目の前にある水野の肩を軽く叩きながら言った。 「ほら、高校生にもなればそんなのあたりまえだって」 実際、当たり前に飛び交っているのだ。 付き合うカップルも増えてくる、思春期真っただ中の高校生活で、そういった話題は。 はじめて視線を上げ、振り返った水野の目に、険呑な光が灯った。 ヤバい、怒ってる? 水野は立ち上がると、有希と向かい合わせになり、両肩に触れた。 その状況に至ってもまだ、有希は水野に怒られるのだと思っていた。身の危険なんて微塵も感じていなかった。 次の瞬間、水野の手にそのまま力が入って、有希はベッドの上に倒れた。
そういえばそういえば、有希はベッドに腰掛けていて、そういう状況でそんな話題を持ち出すのはひょっとすると誘っているように受け取られても仕方がないのかもしれなくて、今日は偶然母親が出かけていてこの家には二人きりだ。 でも、水野が? 水野なのに? 有希の上に覆いかぶさって来た水野に、有希は何も言えずに硬直していた。 体が、動かなかった。 ぜんぜん。
「……そういうセリフは、寝てから言え」
覆い被さったまま、有希の耳元で囁いた水野が、注意深く有希の体に触れないようにして上体を起こすのを、硬直したまま有希は見ていた。 一度も目を合わさないまま、おやすみ、と今度は一転して軽い調子で言い残して、水野は立ち上がり部屋を出てゆく。 階段を降りる足音と、玄関の戸が閉まる音が聞こえて、ようやく有希の体から力が抜けた。 「……何よ」 普段は男の気配なんて、微塵も見せないくせに。 有希は天井を眺めたまま、力なく唇をとがらせた。
反則だ、と、なんだか思った。
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