世の中でいう黄金の週の半ばごろ、有希はふと思い出した。 そういえばもう、あいつと付き合ってから1年以上経つんだな、なんて。ひと月もその事を忘れていたことになる。 付き合い始めの頃の記憶は、実は、それほど残っていないのだ。あの頃は慌ただしすぎて。 付き合うきっかけだって、今説明するなら、なりゆきでと言う他は無い。
卒業間際の告白ラッシュが、あれほど騒ぎになるなんて、二人とも思ってもみなかったものだから。
花を揺らす鳥
玄関の呼び鈴が鳴り、有希は玄関へと向かった。Tシャツに黒のジーンズというシンプルな格好が様になっている、色素の薄い髪の男が、少し照れくさそうに「よぉ、」といった。 「お邪魔します」 「はいはいどーぞ」 丁寧に手土産まで持参した水野を、有希はぞんざいに家に上げた。 「お家の人は?」 「あー今日ね、ちょうどみんな仕事とか用事で出ちゃってるのよ。夕方には帰ってくると思うけど」 「そうか」 「何か不味い?」 「あぁまあ。なんとなく気が引けるなと思って」 「だって仕方ないじゃない。図書館だって休みは混んでるだろうしさー、勉強する場所って無いじゃない。あんたん家にお邪魔してばっかりもおばさんに悪いし」 もともと、『その日はオヤジが来る予定だから、俺ん家はちょっと気まずいな』と水野が言ったから、たまには有希の家で勉強しよう、となったのだ。
二人とも日ごろは部活で忙しい身の上だ。その分、休みには相当勉強しないと、高校の授業の進度に追い付いていけない。二人でどこかに出かけてデート、なんてのは付き合い始めてから一度もした事がないけれど、サッカーの話なら勉強の合間にできるのだし、それで十分という気もするので、有希には特に不満はなかった。 「何立ち止まってんの。階段登らなきゃあたしの部屋つかないよ?」 「居間でいいんじゃないのか? 一階なら二階より涼しいだろうし」 「クーラー付いてるもん。それに、教科書とか部屋にあるんだから、調べものに便利でしょ?」 「あぁ。まぁ、そう言うんなら……」 と、しぶしぶ有希の後をついて階段を上ってきた。
ひさしぶりに顔を合わせた恋人……いや、彼氏? は、5月初めのいまの時期でもすっかり日に焼けていて、いかにも健康そうだった。 あぁ、しぶしぶ有希の部屋に入ってくる水野の顔を見て、また思い出した。 卒業式前日の放課後。 偶然昇降口で一緒になって、ひさしぶりに二人で帰ろうか、そんな話をした直後だった。 突然、水野と有希は、お互いのファンに囲まれ、最後の集団告白という名の質問攻めにあったのだ。 『わかった、わかったから待ってくれ。俺、小島と付き合うことになってるんだ卒業したら。なあ小島』 冷汗をかき、かわいそうになる位に必死の表情で有希を振り返る水野。 『そうそう、そういう約束なの悪いけど。ごめんなさいねホホホ』 渡りに舟とばかりに水野のお芝居に乗った自分。 お互いに異性十数人に囲まれていては、突破するにはそう言うしかない。さらに、同じ高校に進んだ中学時代の同級生からさりげない探りや奇妙な視線を感じて、実際付き合うふりだけでもしなければならない状況に陥った。
行き着いた先は結局、デートするでもなく、手をつなぐでもない。お互い自分の高校の教科書を開きあう、こんな関係だ。 だから、中学時代から変わったことは特にないのだ。互いの家にお邪魔する機会が増えたくらいで。 友達以上、恋人未満。 いいとこそんな所だろう。 それでももう一年も経ってしまったなんて、流石にびっくりだ。
「そっちは皆元気?」 三十分ほど数学の問題に向き合ってから、少し休憩とばかり、有希は後ろに両手をついて言った。 「ん。高井も森永も、レギュラー取れそうだって張り切ってた。シゲは……あいつも無駄に元気だな」 「無駄に?」 「上條のことで色々聞かれるんだよ。俺が知るかって言ってんのに。あいつ突然大声あげたりするんだぜ?」 「シゲが? なんか想像できないけど。どうしちゃった訳?」 「それは……」 ぷるぷる、と電話が鳴った。水野の携帯電話のランプが光っている。 「……シゲだ」 「あら噂をすれば」 形のいい眉をしかめて水野が携帯を耳にあてた。
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