なんでこんなことになったのかとため息をつきつつ、有希は包みを開けていった。
買い物袋いっぱいのチョコレート。
しかも、手作り用の。
「先輩、荷物どこ置けばいいですか」
「んー、適当でいいよ。あんまり気使わなくていいから」
はあい、という返事が複数聞こえた。ああもう面倒だわ、という、上条麻衣子の声も。
有希だって面倒だ。男子部員全員分のバレンタインチョコレートだなんて。
しかも、手作りだなんて。
なんでこんなことに、と有希はまた思ってしまった。 そんなの、判りきっているのに。
だって、チョコレートが欲しいなんて、しかも手作りがいいなんて、あいつが言い出すから。
Sweet more
「ああもう、ちゃっちゃと終わらせて帰りましょう」
麻衣子はキッチンに入ると、ぼおっとしていた有希を押しのけ、ざくざくチョコレートを刻み始めた。
「わあ上条先輩上手〜」
桜井みゆきは麻衣子の手さばきに見とれて言った。
「あんたも手伝いなさい、家でもう一つ作らなきゃいけないんでしょ、本命チョコ」 「えっ」
真っ赤になるみゆきに、あらあら、ばれちゃってるのね〜と戸田志津代が声をかけた。
「わかりやすいもの、桜井さん」
有希は軽く笑って、湯煎の準備をはじめる。
あいつも、このくらい判りやすければよかったのに。そう思いながら。
「小島は、お兄さんのこと好きなんだな」
水野にそう言われたのは、初詣のあと、フットサルコートでのこと。
「もっちろん」 上機嫌で有希は頷いた。でなければ、見せびらかすように初詣に連れてきたりしない。
「どこが好きなんだ」
真顔で聞かれて、有希はむっとした。
「何よ、好きで悪いの」 「そんなこと言ってないだろ」
「そう聞こえた」
水野もむっとした様子で、視線をそらした。
水野の視線の先を追えば、フットサルコートの中で、有希の兄は本気で中学生の相手をしていた。
「なあ、どこが好きなんだ」 また聞かれた。
「お兄ちゃんだから」有希は今度はちゃんと答えた。
「それ以外で」
「……サッカーが上手いとこ」
「他には」
「……あたしに甘いところ、とか」
「他は」
「……しつこい!」
有希は水野に一歩詰めより、指さして問い詰める。
「文句あるならはっきり言いなさいよ! ケンカなら買うわよ!」
「文句じゃない」水野は、有希の指を軽く押し戻しながら、真顔で有希の顔を見つめた。
「サッカー上手くて、小島に甘いから好きなんだな」
そう纏められるのもなんだかなと思った有希が何も言えないでいると、水野は口元を軽く覆って、視線を地面に落とした。
しばらくそのまま動かなかったので、地面に何かあるのかと地面を見た有希の耳に、水野のぼそっとした声が届いた。
「……俺、サッカー上手くなる」
がばっと有希は顔を上げた。
水野はさっきの状態のまま、もう一言、呟いた。
「小島にも、甘くなる」
驚く有希に聞き返す隙を与えず、水野はコートの中へ走って行った。
それが一月。
さすがの有希も、どきどきして次に会う日を迎えたっていうのに。
一月初めての練習日、あいつは全く普通だったのだ。
え、何、聞き間違い? 深読みしたあたしが馬鹿だったの?
そんな風に、思ったっていうのに。
ずっとずっと普通の態度で、あっという間に二月になっちゃって、聞き間違いだったんだってがっかりしてる自分に、ショック受けたことも忘れかけてたっていうのに。
なのに、水野は有希に言ったのだ。韓国遠征の激励を、ごくごく普通に述べた有希に。
帰ってきたら手作りチョコが欲しい、などと。
沸騰を知らせるやかんの笛の音で、有希は我に返った。かちりと火を止め、ボールにお湯をあける。みゆきが刻まれたチョコレートの入ったボールを重ね、かき混ぜ始める。
なにせ男子部員全員分。 その、量の多さときたら。
「なんでこんなことになったのかしら」
「あんたが言い出したんでしょうが」
つい口をついてでた文句に、麻衣子があっさり答えを返した。
その通りではあるのだけれど。
水野ひとりに手作りチョコを渡したら、はっきりした意思表示になるではないか、なんて、女子部員全員で義理チョコを送るという姑息な手段を取ったのは、確かに有希なのだけど。
きっとあいつは涼しい顔で受け取って、どういうつもりで有希に手作りチョコが欲しいと言ったかなんて態度に示しちゃくれないのだ。
それが悔しいし、悔しいと思っている自分も悔しい。
そもそも、こんな姑息な手段を取ってまであいつのお願いを聞いてあげようとしている時点で、自分はおかしい。
全くおかしい。
なんでこんなことに、と、有希はまたため息をついた。
せめて、本命チョコはお兄ちゃんだからね、ぐらいのことは言っておこう。嫌みとして。
やるせなさに、有希はそう決意した。
end
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