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ホワイトアウト

駅に隣接されているデパートの水着売場は、平日でも若い女性で賑わっていた。
「ねえ、これなんかどう?」
有希が差し出した、白地に小さな黒い水玉とフリルのついた水着を見て、麻衣子は小さく唸ってから言った。
「派手すぎない?」
「そう? じゃあ、コレは?」
有希は、今度はカットの大胆な空色の水着を麻衣子の体にあてがった。
「恥ずかしいわよ、こんな露出の多い水着。胸元が見えちゃうじゃない」
「そう? 水着のデザインとしては普通でしょ。っていうかさ、麻衣子、このデパートの水着売場、来るの二回目なんでしょ?」
「そうよ」
「じゃあ、なんでこんなに悩んでるの? ついこの間、シゲと見に来たらしいじゃない。なんでその時には決められなかったのよ?」
有希は麻衣子が断った水着をハンガーに戻しながら言った。
「だって、あの人、いやらしいのばかり選んで寄こすんですもの。ヒモのとか、布の面積が小さいのとか」
恥ずかしくて買えたものではなかったのだ。
「じゃあ、ワンピースにすればいいのに」
「嫌よ。かわいくないもの」
「かわいいのがいいの?」
「自分に似合わないのは着ない主義ですの」
それに、やっぱり恋人には、可愛いとか、キレイだと思われたいものだ。それが水着姿で、久しぶりのデートとすればなおさら。
「なら、麻衣子が身につけても、その顔と体に負けない水着じゃなきゃだめじゃない? 無難なデザインのじゃ無理よ、あんた身長あるんだから。せっかくいい体してんだから、ボディラインが引き立つデザインで、ピリっとした色柄のじゃなきゃね」
 プロのスタイリストのようなことを言った有希は、販売員を呼び、強力なタッグを組んで「コレとコレと……コレもかな。試着して。ほら、早く!」と、麻衣子を試着室へ押し込んだ。

「……で、結局コレにした訳ね」
会計をしている麻衣子に、有希が言った。
「だって、『いつまでも悩んでないで、蛍光グリーンと蛍光イエローとこの水着、どれか選べ』って言われたら、これしかないじゃないの! 有希、自分で言っといて!」
「言ったけどね、ふうん……。たしか、これ、シゲにも勧められたって言ってたわよね?」
有希がイタズラっぽく笑った。
「そりゃ、そうですけど」麻衣子がそっけなく答えると、
「へえ、そお、ふうん……あたしに勧められんのはいいわけね。どうでもいいけど麻衣子、顔真っ赤よ」
「うそ!」
麻衣子は頬を触った。確かに熱い。赤くなっているかもしれない。
「そんなに、"シゲの選んだ水着"を着るのは嫌?」
「嫌よ! なんだか、すごく嫌。水着じゃない服なら、そんなこと無いんだけど」
有希はため息をついた。
「そりゃ、あいつも下心ぐらいあるでしょうしねぇ。シゲが選んだからって、意識しちゃうんでしょ。水着ってどうしても露出多いし……守り固めたくなるのも仕方ないけどさ。もっと素直になってあげなさいよ、そろそろ」
「別に守り固めてなんかないわよ」
答えてふと気付いた。有希は、わざと選びそうもない水着と比べさせて、シゲの選んだ水着を麻衣子が買うように仕向けたのだ。
「あなた、嵌めたわね!」
「あはは、ゴメン。でも、ホント似合ってたのよ、この水着。あいつ、やっぱ目ざといわよね」
「……そうかしら」
麻衣子はため息をつきながら店員から水着の包みを受け取り、どうも、と言うと有希と並んで歩きだした。
「買っちゃってから言うのも何だけど、とっても不本意」
前にシゲと選んだときには、こんな恥ずかしいもの着られないと突き返したのに、結局、彼の見立てた水着を買うことになるなんて。
「でも、喜ぶんじゃないの? あいつもさ。二人で遠出するの、久しぶりなんでしょ?」
「そう。ほんと、いつぶりかしら」
麻衣子は小首を傾げた。

 藤村成樹は、そうそうゆっくりと会える相手ではなかった。チームの本拠地を京都に置き、全国各地を飛び回るプロサッカー選手であり、マスコミの注目度も高い。遠征だ取材だと、彼自身が東京に出てくる機会も多いから、それほど長い期間、会えないという事はないものの、肝心のデートといえば、一緒に食事をするのが時間的に精一杯だったりする。
 だから、今度のデートは本当に久々の一日コースだった。初心者マークのようやく取れた車で、海に連れて行ってくれるらしい。ついこの間のデートでは、水着のことで意見が合わず、軽くケンカのようになってしまったけれど、彼もきっと楽しみしてくれていると確信できた。

デート前日の金曜日。
入っているサークルの打ち合わせミーティングが終わって、麻衣子が席を立ったところで、同級生のメンバーたちから声がかかった。
「上條さん、これからどこかでお茶しませんこと?」
「ごめんなさい、ちょっと明日の準備があるから、早く帰らなくちゃならないの」
「明日かぁ。ひょっとして、デート?」
「上條さんの彼氏って、確か藤村成樹ってゆーのよね。もしかして、サンガのフォワードで、ユース代表の藤村成樹?」
「どこから、そんな事……まあ、そうですけれど」
「すっごい! ねぇ、友達紹介して〜」
「こらこら、上條さん急いでるんだから」
「えー、だって、すごいじゃないの、あんな有名人の彼女なんてさ」
「声が大きいよ、ちー」
「あ、ゴメン」
 小さく謝る仕草をしたのは、外部から大学受験で入ってきた、竹田千鶴という娘だ。日に焼けた顔に、ショートカットにした栗色の髪がよく合っている、見るからに活発そうな同級生で、高校時代に海外留学した経験があり、また行きたい、ということで、伝統的な日本文化を身につけたいとこのサークルに入ったそうだ。お嬢様的なイメージがある麻衣子には変わり種の友人と、周囲には見られているらしい。
「羨ましいよぅ、あんなモテモテな人。至れり尽くせりでリードしてくれそうだし」
「……そう?」
麻衣子は答えて眉をしかめた。
「大人っぽいしさ。違う?」
「結構子供よ。ワガママなところもあるし」
「えーそうなの? じゃあさ、ちょっと耳かして麻衣子」
素直に耳を近づけた麻衣子に、ちーは言った。
「……やっぱ、下手なの?」
「……何が?」
サッカーなら、プロをやっている位だから上手な方なのだと思うが。
それとも料理のことだろうか? 裁縫はとても上手だったけれど。
「だからぁ、いい男とか、モテる人ほどそんなに上手くないってゆうじゃない?」
「……ええと、何が?」
「だから……   よ」
「はわ、なっ!」  
麻衣子は真っ赤になって飛び上がった。
「わかりませんわ、そんな事!」
大声で叫んでしまった。
ちーが耳元で囁いたセリフは、あまりにも突然だった。
だって、日常会話で飛び出す単語ではないだろう、そんな言葉は。
麻衣子はその言葉を知ってはいても、口にした事は一度もない。
「麻衣子って、純情なのねぇ。さすがお嬢様。付き合うのって、今彼が初めて?」
「すごいのよ、上條さんて。中学の時から今の彼とずっと付き合ってるんだから」
「うそ、じゃあ、もう丸4年?」
「わ、わたし、もう帰りますわ!」
麻衣子は慌てて言って、逃げるようにその場を後にした。

 シゲとは中学の頃から付き合いはじめた。だからもう恋人同士になって4年以上になると言えば、深い仲だと思われても当然なのだろう。
でも。
世間の人が思うシゲのイメージと、麻衣子の目の前にいるシゲが違うように、それはそれだ。あくまで、外側から見たイメージ。二人の距離は、実は今だにキスまでだった。
 いくら遠距離カップルでも今時じゃもっと進んでるもんよ、と友達に言われたのがすでに高校の頃だから、相当意外なのだろう。あのシゲがねぇ、とも、有希に言われたことがある。
 麻衣子が思うには、彼はまだ子供っぽいところがあるから、そういう事よりも、夢中になるものがあるのだろう。今だってサッカーが楽しくて仕方ないのだろうし、最近では、よくわからないけれど、何か商売も始めたようだ。更に忙しくなっているはず。
 だから、明日のデートは本当にひさびさの、ゆっくりしたデートなのだ。
 麻衣子は赤くなった自分の頬をぴたぴた叩き、気持ちを切り替えた。
 明日は海に行くのだから、お肌の手入れから日焼け対策まで、準備することが目白押しだ。

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