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再会4

空車のタクシ―は、なかなか通りかからなかった。
シゲはようやくタクシ―を捕まえると、上條麻衣子とびしょぬれになりながら乗り込んだ。
後部座席に並んで座り、二人で一息ついた後、運転手に行き先を聞かれ、シゲは隣の上條麻衣子に聞いた。
「ええと、お嬢の家は○○らへんやよな」
「そうよ」
「このまま帰る?」
「私に聞くこと? それ」
笑い混じりに彼女が言った。
「……家、帰らんでもだいじょぶ?」
彼女が、シゲに身体をもたれかけた。滑らかそうな黒い髪から、滴が伝って落ちる。
彼女の体温が、触れ合っているところから伝わってくる気がする。彼女は無言で、シゲの右肩に額を乗せ、軽く息を吐いた。それが答えだった。
ずぶ濡れの二人を乗せてしまったタクシーの運転手だけが不運だった。

再会 4

シゲが宿泊しているホテルは、タクシーで15分ほどの距離にあった。彼女を部屋に通し、彼女に勧められるまま、先にシャワーを浴びて初めてシゲは自分の体が冷え切っていることに気付いた。
タクシーを待っている間に降られた雨のせいで、さっき脱いだ服もそういえばすっかり重たくなっていた。
多分、彼女も同じぐらいに冷えている。早く彼女に替わらないと、とシゲは温度を上げて全身に水流を浴び、蛇口を閉じた。
手早くシャツとジーンズに着替えて、バスルームから部屋に出る。所在なさげな彼女が、ソファから立ちあがって言った。
「もっとゆっくり浴びて来たら? 風邪引いたら大変よ」
「俺はもう大丈夫。お嬢も浴びて。風邪引くで」
「でも、着替えがないし……」
「バスローブが中にあるけぇ使って。タオルはもう一つ借りてくる。シャワー浴びて待っとって」
「……そうね」
彼女が頷き、バスルームへ向かう。

シゲは、ルームキーを持ってホテルの階下へと向かい、フロントで色々と手続きをしてから、買い物も済ませて部屋へ戻った。
ノックをしてバスルームに入り、シャワーカーテンごしに声をかけて、もう一人分のタオル類を置く。
部屋は暖房が利いていて、少し暑いぐらいだった。
シゲは濡れたスーツをつるしたハンガーを、部屋の収納に収める。京都に戻ったらクリーニング直行やなと考えていると、シャワーの音が止んだ。
なんだか落ち着かず、シゲはテレビをつけ、雑音で部屋と頭を満たした。

麻衣子はバスルームの鏡の曇りを手でぬぐい、顔や髪を確認した。
お化粧は雨とシャワーでほとんど落ちているけれど、おかしい顔ではないだろう。
ホテルのバスローブの丈ってどうしてこんなに微妙な長さなのだろうと思う。誰に似合うとも思えないし。
タオル地はよく水分を吸い取りそうな厚みのある素材だから、体のラインが出すぎないのは良いけれど。
心を決めて、おずおずと、麻衣子はバスルームのドアを開けて部屋へ出る。
ベッドに座ってテレビを見ていた彼が振り返った。
「何か飲む?」
「いえ、いいわ」
手持ぶさたに麻衣子がバスルーム前に立っていると、シゲが隣に来るように促した。
隣に座ってみると、顔が近くて。どちらともなく、自然に唇が重なった。
繰り返される浅いキスの合間に、くすりと麻衣子は笑った。
「何笑っとるん」
「だって、五年ぶりですもの」
麻衣子は軽く微笑んだ。シゲはもう一度かるい口づけを麻衣子の唇に降らせた後、
「五年ぶりって、キスが? それとも俺とのキスが?」
と聞いた。
「両方よ」
とはにかんで答えてた後、ようやく麻衣子は気付いて言った。
「気になるの?」二人の空白の5年間に、他の人と、どんな関係があったのかなんて。
シゲはしばらく彼女の顔を見つめていた。
麻衣子が、あなたは他の誰かと付き合ったり沢山したんでしょう、と言うかどうか迷っているうちに。
「もしそうでも、ええねん。責めてるわけやないで」
もう一度唇を重ね、シゲは麻衣子の頭を抱きしめるように抱えた。
「今までに誰かと何かあっても、ええよ。これから俺だけのモンになって」
「俺のモノって、私、ものじゃないわよ。それに、他に付き合った人なんて……」
少し混乱した麻衣子が、彼には当然色々あったのだろう、と不思議と冷静に考えていると、彼が身体を引き、また麻衣子の顔を見た。
「今日は、どうする? このまま……泊ってく? やめとく?」
さっきまでの、自信にあふれる彼ではない、弱気な様子の彼に、麻衣子は内心驚いた。
「私に帰ってほしい?」
「まさか。帰したないで」
「じゃあ、帰らなくてもいい?」
麻衣子は言った。両親も、今夜は家には帰ってこないのだし。
「それに……ここでこのまま帰ったら、あなたはもう会いに来てくれない気がするわ」
彼と別れることになった、遠距離恋愛だったころ。高校生だった彼が、麻衣子に内心望んでいるものがある事を、麻衣子は知っていた。
はっきりと言われたことはなかったけれど、知っていたのだ。
それを満たしていれば、彼が浮気することはなかったんじゃないかと、この5年間、考えていた。
今、この年になってから、思う事だけれど。遠距離恋愛中で、付き合っている恋人のことをたとえ好きでいたとしても。
健全で年頃の高校生男子である彼が、身近な女の子に迫られたならば、理性で拒否するのは難しかっただろうと思うのだ。
「そないな事ないで。俺、お嬢が欲しいけど、今でいいのか分からんだけや」
「今じゃだめなの?」
「だめやないよ……」
シゲが麻衣子の膝頭に手を伸ばし、触れた。麻衣子は思わず緊張した。肩や手よりも踏み込んだ、プライベートな部分を触られたのだ。
その後に来るだろう出来事を想像し、羞恥心が急に大きくなる。
「ほら、そないに緊張するやん」
「当たり前でしょ、仕方ないじゃない、触られて緊張するのは」
彼は無言で、手を太ももに沿って撫で上げてきた。バスローブもめくれ下着があらわになるところを、彼の手と一緒に、麻衣子は慌てて押さえた。
彼が手を引いた。
「ほら、まだアカンやろ」
「何よ、反射的に見られたくないと思っちゃうんですもの、仕方ないですわよ。どうして試すようなことするの? 私とそうなるの嫌なの?」
「……試す……そうかもしれん」
麻衣子は彼の手を握った。自身のなさそうな様子の彼。
「お嬢、俺、ホンマにーーもう二度と離さんつもりで来とるんやで? 後戻りなんてさせへんし、逃げ道やって髪毛一本分も残さんつもりや。鬼ごっこは終わりや。もう二度と逃がさんし、お嬢は俺から逃げられん。
……今が最後のチャンスなんやで」
シゲが、麻衣子の目を見つめて言った。麻衣子は思わず、空いている方の手で、彼のピアスのついた耳たぶをひっぱった。
「痛ぇ。お嬢」
「これぐらいの意地悪はさせて頂戴。なんですの、もう、貴方ときたら……こういうの、女に言わせないでよ、馬鹿」
麻衣子は耳たぶから手を離し、彼の頬に指先で触れる。
彼と至近距離で目が合うと、有希の壮行会場で、彼と再開した時の浮遊感と同じ感覚に襲われた。
自分は今、正気ではない。
不思議とそう自覚した。
あの時もそうだった。
もう、どうなっても良いと。そう思ってしまったのだ。
「――来て、シゲ。私、ずっと――待ってた」
彼に握られた手に力が入る。彼のもう一方の手が、麻衣子の背中に回り、抱きしめられた。
こんな風に抱きしめられるのは、いつぶりだろうか。
麻衣子は彼の耳元でささやいた。
「お願い……暗くして……」
シゲ頷いた気配があって、麻衣子は眼を閉じた。

シゲは、細い体を抱きしめる。
タオル地一枚を挟んだだけだ。彼女の柔らかさと暖かさが、全身に伝わる。
せつない、という言葉に近い感覚で胸がいっぱいになって、いっそう強く抱きしめると、彼女の甘い吐息が耳朶にかかった。
それだけで、全身が痺れるように熱くなる。頭までくらくらする。
暗くしてほしいと囁かれ、彼女を抱きしめながら、ベッドの上掛けをはぎ取る。真白いシーツの上に彼女を押し倒すと、ベッドサイドにあるスイッチで、部屋の照明を落とした。足元照明だけになり、凝視しないと相手の顔が見えない暗さになる。
シゲは手さぐりで彼女のバスローブを脱がせた。滑らかな肌の感触。ウエストから腰の曲線をたどっていくと、ショーツに触れる。
躰を堅くした彼女を安心させるように、顔や肩にキスを繰り返しながら脱がせていく。足先からショーツを取り払うと、腕で自分の躰を守るように彼女は身体を丸めた。
「麻衣子? どうしたん?」
彼女の唇から、震えを感じたシゲがそっと尋ねる。
彼女が、泣きそうな声で答えた。
「嫌なんじゃないのよ。こんな……裸ってこんなに心もとないなんて思わなくて」
「俺が怖いん?」
「怖くはないわ。でも、恥ずかしい。もう死んじゃいそう」
「そないに恥ずかしがっとっても、何も見えてへんのに」シゲが言うと、「あなたは?」とシゲの着ているシャツを引っ張られた。
「俺も脱ごか?」
シゲは着ているTシャツと、ジーンズと下着も全部脱いで彼女の隣に横たわった。
ほんのちょっとの距離が空いているので、暖房のきいた部屋でも、彼女に触れていない素肌は少々、寒々しい。
「お嬢かて、俺を触ってもいいねんで?」
シゲは彼女を促した。
しばらくためらう気配があってから、彼女の指先が、シゲの胸元に触れ、身体を辿るように顔まで上がってきて、シゲの頬や耳を撫でた。
「他ん所も触ってええよ。せっかく脱いだんやから」
「そんな事言われても、どこ触ったらいいのかわからないわ」
「触りたいとこ触ったらええねんで?」
シゲは手を伸ばし、彼女のウエストから腰骨のあたりを軽く撫でた。彼女はまた震える。
「……あなたは恥ずかしくないの? 」
「せやな。俺はもっとお嬢を色々触りたいし、触ってほしい」
彼女の手をとって、シゲの胸から腹部へと下ろし、さらに下へともっていった。
「……これ何?」
「俺」
「………何なの?」
「だから、俺」
「………触ってほしいの?」
「少し。でも無理はせんでええよ」
シゲは彼女の手を離し、彼女がしたいように任せた。
おそるおそる、の言葉通りにつんつんとシゲ自身に触れる彼女。もちろんシゲ自身は漲った状態で、少しの刺激にも敏感だった。
シゲは彼女を抱き寄せ、頭の上にあごを乗せて、感覚に身をゆだねるためにじっとした。
「……気持ちいいの?」
「うーん、気持ちええというより、興奮する」言いながら、シゲ自身にさらに力が漲っていくのがわかる。
「……変だわ、何なのよ、これ。……何なの??」
するすると外側を撫でて彼女が言った。
「そら、お嬢は持ってへんモンやから、お嬢からしたらおかしいやろ」
シゲは言いながら、彼女の胸にそっと触れ、撫で上げた。すると彼女の手が離れた。
「…っ、シゲ!」
「何?」
「お酒が飲みたいわ」
いきなりのセリフに、シゲは手をとめた。
「きっと何か冷蔵庫に入ってるでしょ? 持ってきて」
「なんで」
「酔いでもしないといられないわ、こんな事」
「やったらいったん電気つけるで?」
「駄目!」
「せやったら、どうせいっちゅうの?」
シゲは笑いながら言った。
「女の人は大変やねぇ。まぁ、ここ旅館やないから、冷蔵庫は空っぽやで」
「そうなの?」
「そうや。水はさっき買ぅてきたけど、それしか入ってへんよ。残念」
シゲは彼女を抱きしめた。やっぱり彼女の躰は温かい。
「……当たるんですけど」
「何が?」
「だから、シゲの……がよ」
「うん。膨れてもうたもんは、もう仕方あらへんのよ」
「……そうなの?」
「うん」
彼女の口調も、躰のこわばりも、最初よりもだいぶリラックスしてきていた。
もう大丈夫かもしれない。
「お嬢、嫌やったら言うてな」
そう彼女に伝えるとキスを一気に深め、欲望か情熱か分からないものを、シゲは順にあらわにしていった。

首筋に吸いつき、肩口にキスをし、彼女に上から覆いかぶさる。
彼女の素肌の感触を、身体の全体で感じ取る。柔らかい、温かなその躰。緊張もそれほど感じられない。
その胸の頂きを、薄闇の中、唇で探り当て、舌先で撫でる。
反射的に反り返った彼女の背中とベッドの間に生じた隙間に腕を差し入れて、ほっそりとした腰を抱き寄せる。
シゲの両肩に彼女の手があてがわれ、強く押し返された。少しためらったが、そのまま舌を動かす。堪えきれなくなったのだろうか、彼女の漏らした喘ぎ声に、脳髄が灼かれる。
目が慣れても、周りがほの暗いこともあってか、記憶の中の彼女と、想像の中の彼女が交じりあって、現実の彼女を色々な像として見せる。万華鏡のように。
理性では彼女は処女だろうと思っているが、シゲの行為に応える彼女の仕草のひとつひとつに、どうしても、「誰か」の気配を探そうとしてしまう。
足の付け根に指を這わせるシゲの手を押しとどめる彼女の仕草にも、シゲの手で開かされた脚に感じた震えにも、潤みはじめた秘所を弄るシゲの舌から逃れようとする動きの中にも。
「……っシゲ、駄目よ、こんな事……しちゃダメよ」
「こんな事って?」
がっしり彼女の脚を掴んでいるので、逃げることは不可能なのだが、彼女は逃げ出そうと踏ん張ったり腰をずらしたりを繰り返す。
「……だって、そんなところ、綺麗じゃないもの……舐めたら、汚いわ……駄目よ」
「汚いことなんかないよ。それに、気持ちええんやろ? 触られるより」
「……そんなの、分からない、わ、……っやっ」
軽く吸いつき、本当に軽く舌先を転がしてやると、それに合わせて彼女がびくびくと震える。
その震えが、恐れや恥ずかしさからくる震えではないことは、シゲには分かっていた。
感じている証拠であろう、とろとろとした感触を確かめているシゲに、彼女は羞恥を必死で伝えてくる。もういいから、十分だから、と。
恥じらいつつも感じている、快楽から逃げ出そうとしている、そんな彼女はたまらなく媚惑的だった。
どうしてだろう?
こんな彼女を見ていたかもしれない、別の男を想像し、
激しく嫉妬してしまう。そんな男はいないだろうとも、理性では思っているのに。
彼女を、手に入れていたかもしれない別の男の可能性。
きっと、この五年間のシゲの焦燥を、男のオスとしての強い独占欲を、彼女には想像もできないだろう。
「ふあ、、ん、んっ……シゲ、どうしてこんな事するの?」
次第に、あきらかにそうとわかる嬌声が漏れるようになった彼女の、ふと緊張の糸の切れたような声に、「お嬢が気持ちええと嬉しいし、あんまり痛い思いさせたないしな」シゲは愛撫を中断して言った。
とろみを帯びた今もまだ、シゲの指すら飲み込めないほど彼女は未成熟だった。
シゲは胸やなんかをふたたび愛撫し、唇に軽いキスをした。
「……あなたはいいの?」
「うん?」
「わたし、何もしなくて」
彼女の手がシゲの頬に触れる。
「お嬢、俺のこと好き?」
「もちろんよ」
「やったら、好きって言ぅててや」
「それでいいの? もっと色々……他の娘は色々するんでしょう?」
「他の娘って?」
「……ほら、あるじゃない。女性が男性にすること……雑誌とかでも色々……」
「最初から、無理はアカンて」
シゲは笑い含みに言った。言わんとしている事はわかるが、ちょっと触るぐらいしかできない彼女に望むものでもないだろうし、今の彼女に求めたいとも思わない。
「そんなん心配せんでええよ。今は、リラックスだけしといてくれたらええから」
抱きしめると、彼女は頷いた。
「シゲ、ありがとう……好きよ」
そう言って彼女は、シゲの両肩を抱え、シゲが愛撫を中断してすぐ恥じらいから閉じていたその両膝を、開くように動かし始めた。
「……お嬢?」
シゲ自身の強いうずきを知ってか知らずか。恥じらうばかりだった彼女のその行動に、シゲは驚いた。
まるで、この先に進むのを誘いかけるような。
身体を少し引き、彼女の動きを邪魔しないようにしていると、やはり彼女は両膝を開き、シゲを迎え入れる姿勢になった。
シゲが彼女の秘所へ手を伸ばして触れ、くちゅくちゅと潤んだ音を立てても、シゲを拒むように両膝が閉じられる気配はない。恥ずかしそうでは、あいかわらずあったけれど。
「どうしたん?」
彼女の顔ちかくで、囁いた。彼女の表情は、接近していても暗がりゆえに、なんとなくしか見えないが、気配は感じられる。
「……嫌?」
シゲの左手をとり、指を絡ませる。たぶん、これが彼女の、先へ進むための精一杯の誘い方なのだと、シゲは理解した。
「嫌やないよ。でも、ええの?」未熟な果実に歯を立てるのを、恐れる気持ちがシゲにはあった。傷をつけてしまうだろうから。
そんな恐れを吹き飛ばしたのは、シゲのつもりに積もったうずきと、
「好きなのよ。すきなの」
という、どこか舌足らずに彼女が言った、これ以上ない位にデリケートなむき出しの裸の心になった状態での、愛の告白。
「俺も愛してる……愛しとるよ、麻衣子」
本心からシゲも言って、キスをした。漲ったシゲ自身の先を彼女の潤みに触れさせた途端に、電流のように全身に震えが走った。
シゲは彼女の怖れを感じ取り、彼女にキスや愛撫をしながら、ゆっくりと体を合わせていった。

ようやくのおもいで繋がってからは、しばしの間、体を動かさずに、お互いに荒く息をついていた。
なんだか一気に汗をかいた気がする。彼女の躰はこわばっていて、きつくシゲを締め付けていた。
「大丈夫か? お嬢、痛いんとちゃう?」
シゲは聞いた。繋がるまでも、なんだか全然、大丈夫そうではなかったし、シゲ自身が感じた感触でも、彼女の内に滑り込むというより、割り入ったかんじであったから。
「大丈夫、だから。シゲ、気持ち良くなって、おねがい」
彼女は絡ませた手指にぎゅっと力を入れて答えた。
ここで本能に身を任せるのはたやすい。シゲを包み込んでいる現実的な感覚と、それに呼び覚まされる原始的な快楽をそのまま、感じて進めていけばいい。
しかし今でも、彼女が耐えているだろう事が、ありありと分かるので。
「……ゆっくり動くけぇ、我慢しないで言うてや」
彼女のこめかみにキスをすると、彼女が頷いた。
中々とけない彼女の躰の緊張と、男の独占欲が満たされる、その強い締め付けに、シゲは彼女の首筋にかみつきながら小さく呻いた。
最愛の女を手に入れた喜びも、征服欲も絶頂で、最初は彼女を気遣いながら動きをコントロールしいていたシゲの箍は次第に緩み、本能に流されていく。
彼女の目尻に涙が浮かんでいることに、最中シゲは気付いていたし、その声に苦痛が混じっているのもちゃんと聞き分けていた。
けれど、彼女はその細い二本の腕や指先でもって、彼の背中や腕やうなじなんかを撫でるように彷徨わせては気まぐれに爪をたて、シゲの理性を押し流してしまうのだ。
それら全部のことを、彼女は無意識でやっているのだと、決してシゲを誘うためにしていることではないのだど、分かってしまうだけに余計、踏みとどまることができない。
本能に突き動かされて、リズミカルに身体を揺らす。彼女に飲み込まれ、翻弄される感覚でとろけそうだった。ベッドの軋みが遠く聞こえる。
涙を流しながらも、抱きしめている彼女の体はとろけたようにすっかり柔らかくなっていて。彼女がどう感じているのか、苦痛なのか快楽なのか、シゲにもよく分からなくなってきていた。
「お嬢?」
耳元で囁く。
「平気か?」
彼女の腕が首に回されて、引き寄せられ、唇を押しつけられた。その不器用なしぐさにシゲは少し和んだ。
閉じた唇をついばむようにして開かせ、深く舌を絡めとってゆく。キスの合間、息をする時に彼女が漏らす声は、痺れるほど艶っぽい。
どれほど気を逸らそうとしても、シゲもいいかげん限界だった。
「お嬢、俺もう限界や…」
「…っ、ん、…うん、へいきよ」
シゲは彼女に呟く。
「中で……」
彼女に告げると、少し間があってから、彼女の躰がこわばった。意味が通じたのだろう。
「……シゲ、いいの?」
シゲの腕に手を当てて、彼女が言った。シゲは彼女の手を取る。
「逃げ道は残さん、言うたやろ。嫌か?」
「あなたの逃げ道だって無くなるのよ」
「そんなん、本望や。……嫌か? 嫌なら外で…」
彼女と指が絡んだ。ぎゅっと握りしめられる。
「……今だけ…もう離れる方が嫌だわ……神様次第、ーー」
呟く彼女に口づけし、シゲは本能に身を任せた。今度こそ彼女を手に入れるのだと、彼女は俺のものだと、上りつめる瞬間、強く思った。

繋がったまま、荒れた息をおちつけるシゲの背を、彼女の手が撫でている。
離れようとしたシゲを、彼女は引きとめた。
「離れないで」
背中にまわした彼女の手に力がこもる。
「離れないと駄目なの? このままだと不都合?」
「駄目やないけど、重いやろ俺が上におったら」
「重くないから、大丈夫だから、お願い。もう少しこのままでいて」
彼女のどこか切羽詰まった言葉の響きに、シゲは言った。
「どうしたん? なんや悲しい?」
「離れるの、寂しくて」
「そばに居るよ。これからずっと一緒やよ」
「ん、でも。遠距離、私ずっと寂しかったのよ」
昔、二人が高校生のころの事を、彼女がシゲの肩口を撫でながら言った。
「ほんとはずっと、寂しかったのよ」
「ごめんな」
彼女は、シゲの頬に顔をこすりつけるように動かした、甘えるように。彼女の心をいつになく、近くに感じる。
やはり体を重ねたせいなのだろう。こんなに素直に、昔の弱い気持ちを彼女が表すのは。
「もっと早く、こうしてれば良かったのね」
彼女がぽつりと言った言葉に、
「そうとも限らんよ、俺は今で良かったと思ぅとる。お嬢が大事やって、昔はこんなには、わかっとらんかったと思うけぇ」
とシゲは返した。
「あの頃より、今なら俺、ちゃんと麻衣子を大事にできる思うねん。」
高校時代と住んでいる距離は同じでも、今ならば頻繁に会いにこれるだけの力がある。
24時間一緒にいられなくとも彼女を不安にさせない事も、経験を積んだ今だからこそできると思った。
「……大事にするから、傍におってや」
彼女は無言でうなずき、シゲは彼女を強く抱きしめた。

しばらくそうしていた後、彼女が離れる仕草をしたので、シゲも彼女の上から退き、繋がっていた体を離した。
「…っあ!」
彼女が急に起き上がり、中腰になった。
「どしたん?」
「………ちょっと、ごめんなさい」彼女は恥ずかしそうに言って、ベッドを降り、バスルームへ消える。
ベッドに一人残されたシゲは、とりあえず部屋をほどほどに明るくして、自分の身づくろいをして、彼女を待つ。
もうひとつのバスローブを羽織って戻ってきた彼女は、ひとしきりベッドのシーツについた染みを心配した後、「また……」と赤い顔でバスルームへと消え、また戻ってきた。
出血が止まらないのかもしれないと思い至ったシゲが、
「大丈夫? 体痛む?」そう聞くと首を振り、
「あのね……時間が経ってからも出てくるものなのね、へんなかんじだわ」
首を傾げた麻衣子に、はじめて状況を察したシゲは、なんとも居たたまれない気分になる。こっちは出すだけだからそこまで思い至らなかった。両手で顔を覆って、「すんません」と謝った。
「いいけど……あの、今回だけよ? 私も責任ある事だからあなたに言うのも何だけど、避妊はしてほしい」
「おお、そうする。てか、次こっち来る時、お嬢のご両親に挨拶させて」
「え?」
「許可もらえ次第、早よ結婚しよ。式場も決めて」
「え、ちょっと待って、次こっち来るって、いつ?」
「来週とか再来週とか。今日でもええけど……でももう11時か、さすがに遅いな」
「待ってよシゲ、今日の今日で、そんなに急がなくても」
「ずっと一緒におるんなら、3ヶ月後に結婚するんも、1年後に結婚するんも、一緒やろ」
「それは、そうかもですけど」
「妊娠したかもしれんし」
「それもそうかもしれませんけど……」
シゲは両手を広げて、彼女を招いた。傍に来た彼女を腕の中に収める。
「だから、もう逃げられんのやって、お嬢。俺に任せて欲しいんやけど」
「……わかったわ、でもなんだかちょっと、はめられた気分だわ」
観念したように呟いた彼女が、なんだかおかしかった。

結局その後、シゲは持ち前の押しの強さで3ヵ月後の入籍と半年後の挙式を実現させ、周囲を大いに賑わせたが、一番驚いていたのは短期間で苗字も住処も生活も一変した、麻衣子当人であったという。

end


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