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夏の海3


海の食事といえば、海の家。

 めいめい昼食を終え、海へと駆け出す面々を、シゲは日に焼けた畳に寝っ転がって見送った。怠け者の気性や、昔からの習性がそうさせるのかもしれない、やかましく騒ぐ連中から少し離れたかった。

 今日のメンバーは、気心知れた仲間だ。みんな裏表なしに遠慮なくしゃべり、からかうにも手加減はいらない。
 海に向かった面々は、風祭を含めた皆でビーチバレーをしはじめた。使っているのは主に足だが。案の定、しょっちゅうすっころぶ奴が出る。歓声が聞こえてくる。
 シゲも、いつでもその中に入れる。でも結局、みんなといても、心のどこかでそんな自分を客観しているように感じる。自分の位置を見極め、行動や言動はその域から出ない。だから、ずっと集団の中にいると妙な気分になる。ここは自分の居場所ではない、なんて気分に。

そして、今。

シゲから少し離れた所に、上條麻衣子が座っている。

 彼女に会うのは久しぶりだ。5月に、サッカー部の集まりで顔を合わせたきりだった。
二人きりというのは、卒業以来になる。

シゲは転がったまま彼女を見た。こんなにゆっくりと彼女を眺めるのもそれ以来。

ほっそりとした体のライン。眩しいぐらい白い肌。黒く滑らかな髪。

無言でその横顔を見つめているのがわかったのか、彼女が口を開いた。
「……泳がないの?」
「体力温存しとんねや」
「何のために?」
柔らかな声で彼女が視線を向けた。
「……まあ、この後の為にやな」
「ふうん」
彼女はまた、海を見つめる。静かな表情をした横顔が見える。
目の前に、彼女の白い足首。
ぴくりと、シゲの指先が動いた。
それを見咎めたのか、彼女のてのひらがシゲの指先を押さえた。
……あの足首を掴みたいと思った。
気取られただろうか?

しばらくそのまま視線で探り合う。多分、ばれていたのだろう。シゲはそう結論し、力が抜けて去りそうな気配を見せる彼女の手を、指先でつまんだ。

柔らかい手だ。

瞬間、過去に触れた、彼女の柔らかな胸の感触がリアルに蘇る。

学校、暗がり、彼女は制服で。

「……痛いわ、佐藤」

しばらくそのままにしてから、つまんだ指先を離した。何事もなかったかのように遠ざかる白い手。

彼女はまた、海を見つめる。

吹きさらしの海の家に、波音が充満する。

 遠くから、シゲと彼女を呼ぶ声がする。
彼女はひとつ息をついて、手元の帽子を被った。
シゲは起き上がり、あぐらをかく。
「……行くん?」
「そうね。そろそろ」
立ち上がる彼女の背中に手を伸ばすと、体よりワンテンポ遅れて揺れる長い髪に、少しだけ触れることができた。
「お嬢」
「なあに? あなた、行かないの?」
立ち上がったまま、こちらを見る。 
その漆黒の目。試すように深い眼差し。
「ああ、行かん。休んどる」
「そ。好きになさいな」
畳から降り、サンダルを履いている彼女の背中は、華奢すぎて怖いぐらいだ。
シゲの口が勝手に動いた。
「夜、一時に」
「……どこで」
「外で」
少し微笑って、彼女は太陽の下へ身を晒した。
友人たちと合流した彼女を確認してから、シゲはまた仰向けに寝ころび、目を閉じた。

一年前の出来事が次々と瞼をちらついた。





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