部員みんなで花火を見ようと言い出したのは――あれは確か、彼だった。
6. 残照
穴場があるからと連れてこられたのは、古びた無人の一軒家で、西向きの広い座敷があった。 待ち合わせの時間を麻衣子だけずらして教えられたのだと、要するに彼にすっかりはめられたのだと知ったのは、浴衣の裾を彼に縫い止められてから。 着慣れない浴衣は麻衣子に不利で、けれど彼には従順だった。 真夏の日差しが降り注ぐ中では、あらわになる肌を隠しようがなかった。 ひとときの放埒。
畳の目の方向に、滑るように押し出された。 けばだった表面に爪を立てると、しばらく引っ掛かってから音を上げて繊維が切れた。 乱された息。あとは静まるのを待てばいい。 ひぐらしが鳴いている。 太陽に照らされている、日に焼けた畳が眩しいぐらいだった。
くらくらして、目を閉じる。赤く血の透ける瞼に、光の残像がちかちか散った。 汗ばんだ肌を日が焦がして、じりじりといつまでも暑い。 熱が引かない。 畳の上に伏したまま、乱れた髪からかんざしを抜いた。編み込んでから上げていたから、面白いぐらい目茶苦茶になっている。 体を起こし、大事なところだけは隠すように浴衣を羽織って前を重ね、手櫛を通す。
裸のままあぐらを組んでいる彼にみっともないと言ったら、笑われた。 いまさら恥ずかしがることもないやろと言いながら彼は、自分の浴衣を引き寄せ、皺くちゃのまま膝にかけた。
その格好のまま、ふたりで将棋をした。 私は差し方を知らなくて、教えて貰っても覚えられなくて、結局、はさみ将棋になった。 「ほれ、また取った。弱いなぁお嬢」 右手の中で、取った駒をちゃらちゃらと鳴らしながら彼は言う。 「……こんな所誰かに見つかったら、どうするの」 言いつつ、ぱち、と駒を移した。 勝負は大差をつけられている。 麻衣子の駒は残り2枚、あとは追い詰められるばかりになっている。
「……その時はその時や」 彼の駒がぞろり麻衣子を追い詰める。 ようやく夕暮れ時、彼の肌が光で赤く色づき始める。 「ここから花火が見えるなんて嘘でしょう」 「ホンマやて。よう見えるで」 ぱち、と音を鳴らして駒を動かす。あと一手で麻衣子の負け。 「うちの寺の檀家さんの家やってん、最近亡くなってもうて売り出し中なんや。悪戯されんように俺等がたまに来て手入れしよる」
「お寺の小坊主が悪さするのはいいの」 「良くはないやろな。うちの和尚に見つかったら説教じゃ済まんさかい」 ほい、俺の勝ち。そう呟き彼は麻衣子の駒を取り上げた。 「そろそろ、待ち合わせの時間やな」 彼は立ち上がって、膝元の浴衣を広げると慣れた手つきで着始めた。 しゅる、しゅると帯が鳴る。 「別々に行きましょう。一緒にいたら、おかしいでしょう」
つきあってもいないのに、とまでは口にしなかった。麻衣子も立ち上がって身支度をする。 着替え終えた彼が麻衣子に手を伸ばし、後ろむかせると、歪んでいた帯を締め直した。 「上手いものね」 「ほどいたモンはちゃんと結ばなアカンやろ」 ぽん、と彼ができあがった結び目を叩く。 「苦しいない?」 苦しいわ別の意味でと、言おうかと思ったがやっぱり言わなかった。 「大丈夫よ」 ふりかえると、珍しく真面目な顔にぶつかる。 「……せっかく髪上げとったのに、台無しやな」 そう言って、長い髪を指で梳いてゆく。 そのまま抱き寄せられ、緩く唇を重ねられた。 その時間は、気まぐれというには長すぎて。 麻衣子は自分から身を引いた。 「時間、遅れるわよ」 胸を押して言うと、彼は素直に腕を解いた。
玄関まで一緒に歩いて、下駄を丁寧に履かされて。手を取られ、立ち上がった。そのまま往来に出る。 「……佐藤、手、いいの?」 聞くと静かにほどかれた。 「お嬢、俺に何か、言うことない?」 もう少し別の方法はないの、とは、いつまでも言えずにいた。
|