麻衣子はそれを知らなかった。 でも予感はあったのかもしれない。
2.サブリミナル
放課後、の、練習後。 麻衣子は体育倉庫の前にいた。 錆の浮いた扉の重い取手を引こうと奮闘していると、後ろから伸びてきた手はあっけなくそれを開けてしまった。 「……来ると思っとらんかった」 と、背後に立つ彼は言った。 肩を押され、暗い室内へ一緒に入り込む。 「……散らかってるわね」 表彰台、審判台、体育の時間にしか使われることのない雑多な器具たち。 穴の空いた高飛びのマットだとか、折れたハードルだとか、壊れかけているものも多い。 振り返れば、なんだか妙な顔をした彼が突っ立っている。 麻衣子の様子を伺う視線。何かを確かめているようにも、迷っているようにも見える。 「……人気のないとこで男と二人きりになるなって、言われた事無い?」 「ないわ」 「知らない男についていくな、とかは」 「知らない大人に、ならよく言われるけど?」 「……ふうん。甘いんやな」 軽いため息の後、ギシギシ音をあげながら扉を閉めた。 外からの光が遮断されて、さらに暗くなった。 二人きりだからだろうか、それともただ単に部屋が暗いから? 彼の気配が、いつもの多弁な雰囲気と違うと思った。 なんとなく後ずさりをしていくと、古い跳び箱に背中がぶつかった。 彼は麻衣子にゆっくりと近付いてくる。 「わかったら、わかったって言い。そこで止めといたるから」 ぶつかる位近い距離まで詰め寄られる。 音もなく伸ばされた手に、スカートをめくられる、と一瞬思った。 それはやってはいけないことだ。小学校あたりでよくある悪戯。もちろん礼儀に反する。 そんな不作法なことはと、麻衣子は彼の手を防ごうとしたけれど、予想が外れた。 彼の手に、とても不穏当な場所に触れられて、慌てて麻衣子はシゲの両肩を押し返した。 どんな服を着ても、必ず隠されている部分。 男の子がそうであるように、見せてはいけない、簡単に触れられてはいけない場所だと麻衣子も知っている所。 「ちょっ、何、どういうこと?」 「今、教えたるから」 そう言って下着の生地の表面を撫でるように擦りはじめる。 頭が状況に追いつかない。簡単に逃げられる体勢でもない。いたずらに時間が過ぎる。
次第に、触られている感覚に、不思議な感覚が混ざってきた。 「あぁ、あ、あっ?」 足から力が抜けてきて、麻衣子はずるずると座り込む。 彼は、それも承知の上だったみたいで。 麻衣子の両膝を立たせると、自分の体を割り込ませて閉じられないようにした。 再開された刺激にのけぞった。 触れられている部分から体の中心に向かって、じわじわと染み込んでゆくような、黙って耐えることのできない感覚が生まれて登ってくる。 これは何なのだろう、でもきっとよくないものだ、してはいけない種類のものだ。 こんな風に、彼と、していいことじゃない。否、誰ともしていいことじゃない。 (どうしてそう判るんだろう。本能?) 頭の片隅で、なぜかそんなことを考えた。 「待って、佐藤!」 強く、彼の名前を呼ぶと、彼の体は離れていった。 彼の視線から隠すように膝を折って、触れられていた場所をかばった。 どうしてか、罪悪感に似た、後ろめたさでいっぱいになった。 「私に何をしたの?」 問うと彼は、どこか悲しそうに微笑んだ。 「そのうち嫌でもわかるようになるて」 知りたいなら今度また、と彼は独り言のように呟いた。
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