合格祈願、必勝祈念、大願成就、その他なーんか息抜きがしたいイベントがないとやってられないもう勉強なんて知らねーよ! 去年も行ったし今年も行こうぜ! 風祭の完治・カムバックも祈ってこようぜ! 的なノリで企画された新年の初詣は、なぜかサッカー部男子・女子総出の大事業に発展したのだった。
10.新しい日が生まれる日(born in / burning )
「おまたせ!」 隣に腕組みした兄を連れて、有希は集まっていたサッカー部の面々へ挨拶をした。 遅い、遅刻、という声があちこちから聞こえたが、軽く無視。 今日の保護者役のコーチと夕子先生の方へ兄を引っ張って挨拶させていると、遅刻魔のシゲも到着し、ようやく全員が揃った。 ぞろぞろ連れだって、近くの神社へ移動が始まる。お正月には結構な数の屋台が並ぶ神社で、人出もあって、小さなお祭りのような光景だ。 有希が兄にひっつきながらきょろきょろと辺りを見回していると、兄に肩を叩かれた。 「あの子、去年も居たっけ?」 兄は十メートルほど先を歩いている、上條麻衣子を目で示す。 「居たわよ。お兄ちゃんのこと、すっごい熱い目で見てたのに、覚えてないの?」 「うーん。あんなに印象的な子なら、覚えてても良いはずだけどな。ホントに居た?」 「いたってば。何、今年の麻衣子はそんなに去年と違うの?」 「去年はどうだったか知らないけどさ」と前置きしてから明希人はいった。 「少なくとも中学生には見えないよ。彼女はもともと大人っぽい顔立ちをしてるんだろうけど、表情や仕草なんかもう全然違う」 「麻衣子が大人っぽいってこと?」 「うん。俺と同年代でもあんな表情しないよな」 「あんな表情って?」 「達観してるっていうか、冷めてるっていうか……うーん、諦めてるような、寂しそうなっていうか」 「それじゃわかんないよ、お兄ちゃん」 「上手く言えないけど、なんつーかなぁ……要するに、一瞬どきっとさせられるんだよ。ほっとけない感じで」 「……お兄ちゃん、実はロリコンだったのね? 知らなかった」 有希は明希人と組んでいた腕をさっと解くと、二歩ほど距離を置いた。 「有希、妹なのにそれはひどくないかー」 「あの子はあたしと同い年なのよ、中学生なのよ、いくつ年離れてると思ってんのよ」
「別に好きだとは言ってないだろ」
「当然よ。言ってたら離れて歩くどころじゃ済まさないわよ」 有希は頬をふくらませて言った。 「詳しく聞きたがったの有希だろ」 「ねぇ、お兄ちゃん」 唐突に真剣な口調になった有希の顔を、明希人は見下ろす。 「何だ」 「麻衣子って、そんなにほっとけなく見えるの?」 「何だ、焼きもちか? 有希」相好を崩した明希人に向けられた有希の視線は冷たかった。 「真面目に聞いてるんだから真面目に答えてよ」 明希人は面喰らった顔になって、言葉を選ぶように間を置いてから言った。 「うん。ちょっと……危なっかしいよな。そこが魅力的に見えるのかもしれないけど。大人に見えるのに中身は子供のまま、そのへんに放り出されたみたいだ」 「大人なのに中身が子供?」有希は眉根を寄せて繰り返した。「子供って、ワガママだとか、そういう意味?」 「違うよ、その逆。ワガママなんて、言えない子供だよ。ワガママ言っていいなんて知らないし、好き勝手言っても大丈夫だってこともきっと知らない」 「ええ? わかんない。どういう意味」 つれない妹の答えに、明希人はがっくり首を折った。 学生時代、サッカー漬けの毎日を過ごしていたツケはこんな所に回ってくるようだ。普段から勉強するような習慣は皆無。同じくサッカー漬けの妹に理解させるだけの語彙力や説明力が明希人にはない。 ああ、妹に軽蔑の目で見られるのはいやだなぁ、と頭を悩ませた明希人の脳裡に、一瞬、昔テレビで見た映像が浮かび上がった。
人の仕掛けた罠にはまり、右前足が不自由になった野生のキツネ。怪我をしたのはずいぶん前だったのだろう、傷口に血の痕はもうない。そのキツネは、四本とは言えない足で山を走り、野生を生き延びていた。 テレビカメラのレンズを見返すその眼は野生の獣のものだっだ。そこにあるのは、己以外の生き物に対する警戒心だけだった。その目には、人間に対する期待も恨みもなかった。 「あれだ、人間のせいでひどい怪我をしてるのに、そのまま野生で生きてる動物を見てるみたいな感じだよ」 よっしゃ、いい例えだ! と自信満々に言った明希人だったが、結局は、溺愛して止まない妹の怪訝な表情を見ることになったのだった。
「くそっ」 小島兄弟の後ろから何気なく離れると、小さく毒づきながら、シゲは地面に落ちていた空き缶を蹴った。 『人間のせいでひどい怪我をしてるのに、そのまま野生で生きてる動物を見てるみたいな感じだよ』 小島有希は分からなかったようだが、シゲにはわかった。 見ているとこっちが痛くなるのに、どうにかしてやりたくなるのに、彼女はそれを望んでいないし、受け入れもしないのだ。
その後は、がむしゃらにサッカーをした。 真っ直ぐに、楽しそうにサッカーをするシゲ以外の奴らを見て、畜生と言いたくなった。 エネルギーの源が違うのだ。他のチームメイトたちと俺とでは。彼らのエネルギーは受験で遠ざかっていたサッカーへの欲求不満解消と、受験へのプレッシャーの反動。シゲが感じている衝動は、自分ではよくわからない種類のものだった。
結局、明け方までサッカーをし続けた。 辺りが明るくなり始める頃にはくたくたで倒れそうだった。 何人かは実際仰向けに寝ころんでいる。 「おい、お前ら、ギブアップ早すぎるんと違う?」 「こちとら、受験勉強で、体なまってんだよ! 冬休み中サッカーやってたお前らと一緒にすんなっ!」 「俺ももう駄目です〜」 叫ぶジャッキーと、がっくり膝を付き、とうとうつぶれた森永。 「なんやとぉ……軟弱モンがぁ……」 そう呟いてシゲも、もうええかとばかりに地面に倒れ込んだ。 吐き出す白い息が、夜明けの空へ登っていく。 「シゲ、何してんだお前まで」 上から見下ろしてきた水野に、シゲは言った。 「俺も、もう、あかんで」 「そりゃ、あんだけ目茶苦茶で無駄の多いプレーしてれば疲れるだろうな」 そう言って水野は涼しい顔で空を見上げた。 白み始めた方角。東の空を。 「今年は、初日の出が拝めるかな」 「結構、雲あるやんか」 「まぁな」 シゲも東の空を見上げた。 まだ薄暗い空の中で、一番明るい方角。太陽の昇る場所。 「お日さんが昇るんは毎日変わらんはずやのに、なんで今日のだけ、めでたいんやろな?」 「……年に一回、太陽が死んで、生まれ変わるからめでたいんじゃなかったか? 初日の出って」
だが空は曇っていて、生まれ変わった太陽を見ることはできなかった。
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